「漱石全集を買った日」 山本善行 清水裕也
夏葉社という出版社の本を時折読むようになっている。島田という方が一人で経営されている
出版社だ。島田の本の選択が楽しいからである。
本書は古書に憑りつかれた山本という方と清水という方の対談集である。ご両者は、ある種の
本のオタクと言って良い。お二人の語り口が非常に明るく爽やかであるものの、本に憑り
つかれているという病状がひしひしと伝わってくる。そこから見えてくるものは「本の中毒性」
とでも表現すれば良いのだろうか。
僕らは案外と能天気に「本を読むことは良いことだ」と言っている。但し、もともと本が有している
ある種の毒や危険性というものがある。であるからこそ、中世の焚書や禁書というような事態も
発生したのだ。時の権力者や独裁者は本の持つ魔力を良く知悉していた。従い、彼らは本を
焼きすてるというような挙に出た。若しくは出ざるを得なかったとも言えるのかもしれない。
その辺りは、小説ながらもエーコの「薔薇の名前」等を読むと伝わってくる。
本書での山本と清水という方は、そんな本の毒や魔力というものを十分理解していると
僕は読んだ。理解した上で、そんな毒や魔力を楽しんでいる。それは食べてはいけない
河豚の肝を少し食べてみるような話なのかもしれない。河豚の肝はすこし舌が痺れる
くらいで留めておくと美味しいと聞いたことがある。山本と清水は、各々の舌の痺れを
開陳しあっているようにも見えるのだ。
著者は2名であるが、本書を作った島田も十分に著者と言える。島田自身の言葉が
無いにせよ、本書には島田自身がべったりと貼りついている。三人が本の毒になかば麻痺
しながら本の無間地獄に分け入っていく冒険譚が本書だ。短調ではなく長調で
語られる地獄巡りと言える。読後感は爽やかだったことも付け加えておきたい。