「最後の講義 どうして生命にそんなに価値があるのか」 福岡伸一
いままで福岡が他の著作で言ってきたことを解りやすい語り口で纏めた一冊である。福岡
生物学の入門書として最適の一冊であるという紹介も出来るかもしれない。
本書で福岡は「機械論的な生命観」からの脱却を繰り返し説いている。福岡が主張する正しい
生命観とは「動的平衡」である。「正しい」といま言ったが、不適切な言葉だったかもしれない。
というのも、人間の体をミクロで分析する「機械論」は決して間違っているわけではないからだ。
分析までの「機械論」はおそらく正しいと思うが、その上に構築されるべき「生命観」において
「機械論」だけのアプローチでは不足しているという事が正しい言い方なのかもしれない。
福岡の「動的平衡」論は非常に新鮮で刺激的である。但し、僕は微かに危険な香りも感じる
ことがある。説明しにくいが、「動的平衡」には「大きな物語を作る」作用があるような気がする
というところか。
人体や健康に関しては、古来色々な理解と解釈があったことが人類の歴史である。その大半は
いまから見ると噴飯ものではあるが、作られた当時には大真面目であったはずだ。人体や健康
という理解しがたいものに何らかの「物語」を付与して、理解しようとした古人の努力は敬意
を表されるべきだ。
但し、そんな「物語」は、要は迷信である。迷信からの脱却こそが「機械論」であったはずだ。
「物語」ではなく、確りした分析を目指した「機械論」が無かったならば、人類は今日の繁栄を
見る事も無かったはずだ。
福岡が超克しようとしている「機械論」をそう整理した場合、福岡が語る「動的平衡」には
、しかし、新しい「物語」というものが出てくるのではないかということが僕の予感である。それが
どのような「物語」なのかは僕の手に余る。いずれにせよ生命とは何かという課題は重くて
大きい。そう簡単には辿り着かない話なのだと思う次第だ。