「ペルソナ」 イングリッドベルイマン
イングリッドベルイマンの映画を観るのは本作が二作目である。82分という短い映画
であるが、非常に疲労感を覚えた。鑑賞中につねに緊張を強いられたからだろうか。
心を病んだ女優と、それを介護する看護婦の話である。看護婦は介護しながら、次第
に女優に「取り込まれて」行く。「取り込まれて」という言い方が正しいのかどうかも
分からない。今の時代の言葉で言うなら「同期」という言葉が一番正しいのかも
しれない。
女優は一言も言葉を発しない。看護婦はひたすら話す。話しているうちに、その言葉が
看護婦の言葉なのか女優の言葉なのかが解らなくなってくる。女優が看護婦を依代として
いるようだ。自分の代わりに話させているように見える。
状況は曖昧模糊としてくる。それが緊張を産む。モノクロの映像が端正だ。映像が緊張
を更に増していく。映像を横切る鋭角なイメージ。ナイフ、ガラスの破片、そうして
しばしば大写しされる二人の顔すら既に鈍さを帯びた鋭利に見えてくる。顔といえば、
本作の題名はペルソナだったことも思い出した。
イングリッドベルイマンの映画を観るのは本作が二作目である。82分という短い映画
であるが、非常に疲労感を覚えた。鑑賞中につねに緊張を強いられたからだろうか。
心を病んだ女優と、それを介護する看護婦の話である。看護婦は介護しながら、次第
に女優に「取り込まれて」行く。「取り込まれて」という言い方が正しいのかどうかも
分からない。今の時代の言葉で言うなら「同期」という言葉が一番正しいのかも
しれない。
女優は一言も言葉を発しない。看護婦はひたすら話す。話しているうちに、その言葉が
看護婦の言葉なのか女優の言葉なのかが解らなくなってくる。女優が看護婦を依代として
いるようだ。自分の代わりに話させているように見える。
状況は曖昧模糊としてくる。それが緊張を産む。モノクロの映像が端正だ。映像が緊張
を更に増していく。映像を横切る鋭角なイメージ。ナイフ、ガラスの破片、そうして
しばしば大写しされる二人の顔すら既に鈍さを帯びた鋭利に見えてくる。顔といえば、
本作の題名はペルソナだったことも思い出した。
観終わって大きくため息をつかざるを得なかった。映画にも色々な種類があると
改めて感じ入ったところだ。
ベルイマンの映画の三本目は何時鑑賞するのだろうか。愉しみにしている。しかし
しばらく時間を置いた方が良さそうだ。