「小さいおうち」  中島京子 | くにたち蟄居日記

「小さいおうち」  中島京子

 バンコクにある日本人会には小さな図書館がある。古くなった本が若干販売されている。
そこで10バーツで本書を買った。日本円にすると35円程度である。2010年6月の
第二版だ。8年前に印刷された本とは思えないくらい古びている。多くの人が借りて読んだ
ことが伺える。そんな本が手元に来たことはなんとなく嬉しい。

 映画「小さいおうち」を鑑賞したことで本作を読んだ。当たり前の話であるが、映画と
原作は似て非なるものである。

 映画は主人公が仕える奥様の恋愛話に終始していると言ってよい。もちろん原作でも
それが最大の話の筋ではあるが、それ以上に原作では戦時下の日本を書き込んでいる。
戦時下の東京の風物であるとか、主人公の故郷での生活等は読んでいて新鮮だった。

 「小さいおうち」は絵本の「ちいさいおうち」を下敷きにしているが、大きな違い
がある。絵本は「おうち」は最後まで残り、最後は田舎に引っ越すというハッピーエンド
である。一方、「小さいおうち」では「おうち」は空襲で焼けてしまい、後には何も
残らない結末を迎える。その意味では本作は悲劇というカテゴリーになるのかもしれない。

 但し、本作の読後感にはさっぱりとしたものがないだろうか。僕はなんとなく清々しく
本を閉じることが出来たところだ。それはある種の謎解きがあるからではないかと僕は
思う。主人公が永きに渡って秘めてきた謎が最後の章で一気に解かれていく。
 しかし、最後まで著者が語ってくれない部分もある。例えば著者は本書を以下二行で
結んでいる。

 「僕はけっして正しい答えを見つけられない。
  僕はいつも、聞かなかった問いの答えばかりを探している。」

 なんとなく読み過ごしそうだが、では「聞かなかった問い」とは何を意味しているのか。
これを考え出すと実は結構難問である。というか、分からないのだ。僕はそこに著者が
本書で書かなかったものがあるのではないかと思う。これは大きな余韻として僕には
残ったところだ。