食事というもの | くにたち蟄居日記

食事というもの

娘達に言わせると妻の作る食事は美味しいとのことだ。

別に僕に異論があるわけではない。妻は上手に食事を作ることは間違いない。但し、
考えているうちに、ある種の普遍性を感じたところだ。

『私たちの星で」という本を読んでいて、以下の一文を見つけた。

「彼女の料理には、彼女という個人と民族の歴史が映し出されてーどこにいても、そこに満ちる
光のようにーいたのですね」

ある人が作る料理には、その人自身の歴史とその人が属する民族の歴史が反映されているという
視点にはっとした。妻が作る料理には、日本人としての民族の歴史と、彼女自身の歴史が
反映されているということだ。では、その場合の「彼女自身の歴史」とは何かというと、おそらくは
彼女の母親の料理がかなりの影響を占めているだろう。

赤ん坊とは直ぐにお腹が減る生き物に見える。そんな赤ん坊にとって母親が作る食事は命綱
と言える。そんな幼少の記憶は、記憶の中には残っていないにしても、無意識に残っているのでは
ないか。それが、成長した後にも残っていて、いつになっても母親の料理は美味しいと
刷り込まれているのではないか。そんな風に考えることで、なんとなく腑に落ちたところだ。それも
やや、暖かい気持ちで。