「風化」という言葉 | くにたち蟄居日記

「風化」という言葉


 昨日は3月11日だった。

 「風化」という言葉を思っているところだ。風化の元来の意味は、雨や風で岩の表面が崩れていく意味だ。
それを転じて、次第に記憶が曖昧になっていくことを意味するようになっている。「風に化する」という漢字を
観ていると、穏やかなようで、何か寒風にあたっているような厳しさも感じるから不思議である。物事が
ゆっくりと形を失っていく様は、その速度において「穏やか」かもしれないが、形を失うという点で「厳しい」
のかもしれない。

 「大震災を風化させるな」という論調は、毎年この時期になると繰り返される。僕は、時々かかる言葉に
小さな違和感を覚える。「風化」させることは、不可避であるし、もっというと、必要かもしれないからだ。

 とても多くの人が各々いろいろな大事なものを無くした。強い痛みを覚えた方は一生その痛みを
忘れることはできないだろう。ただし、「強い痛み」というものは決して良いものではない。体で感じる
「痛み」とは、体の何かが損傷することを知らせるアラームである。アラームは役割を終えたら、消さなくては
ならない。心の痛みもおそらく同じではなかろうか。

 心の痛みを消すことは無理だ。ただし、消えるのをゆっくり待つことは不可能ではない。その時に
「風化」という言葉を充てたら、これはとてもしっくりくるのではなかろうか。

 僕らはいろいろな物事を日々学び、同じくらいいろいろな物事を忘れていっている。忘れたいことも
忘れてはいけないことも、いずれ、忘れていくのだ。忘れるということの浄化作用は大きい。その忘却の
一つが「風化」である。風と化して飛んでいってしまうものを穏やかな視線で見ていることは時として
安らぎにならないだろうか。