「海街 diary」 | くにたち蟄居日記

「海街 diary」

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 前から観たいと思っていた作品を漸く鑑賞する機会を得たい。

 本作は、やや登場人物に「毒」がない。樹木希林だけが毒を本作に添加しているが、隠し味程度にて
終わっている。それ以外の登場人物はやや善人に「流れている」きらいがあると僕は思う。設定
されている人間関係から考えると、もっと臭みがある展開になると思うのだが、そこはさらりと
かわしている。是枝の他作と比較しても、ちょっと登場人物がいい人すぎないか。

 と考える一方、本作は一体何の話なのかと思っているうちに、本作を「ゴジラ映画」として
考えたらどうなるかと思いついたところである。言うまでもないが、その場合のゴジラは広瀬すずである。
本作は「異物である広瀬すず」がたぐいまれな可憐さを湛えたゴジラとして
鎌倉に「上陸」したことで起こった混乱を描いている作品だと見ると、実は整理しやすい気がする。

 例えば綾瀬はるかの演じる長女は、広瀬すずが来たことで、「自分自身が、いかに自分の父親に
似ているか」ということを考えるようになったはずだ。綾瀬が実母を罵ることを通じて、実は実父を
代弁しているように見える。かつ綾瀬自身が不倫に落ちていっている点は、正確に実父にならっている。
それを彼女に思い知らしめたのは、広瀬すずが無邪気に言い放った「不倫の罪と罰」ではないのか。

 長澤まさみ演じる次女にしても、広瀬という異物を通じて、姉妹の関係に目覚めていく。本作で
一番変容を遂げるのは次女である。酒と男にだらしない前半から、後半の「しっかりもの」への
成長は広瀬の存在抜きでは考えにくい。小津映画の杉村春子の役を次女は担っている。この四姉妹
の下支えは間違いなく彼女がやっていくに違いない。これもゴジラに出会ったことで開けた路では
ないのか。

 海猫食堂の女将である風吹ジュンもゴジラに邂逅した一人と言えないか。自らの死を意識した
姿は広瀬の来る前からあったと思うが、広瀬に出会ったことで表情がさらに澄んできたように
見えなくもない。

 というような堅苦しい鑑賞をしてもしょうがない面はある。もっと言うと三原順の「はみだしっ子」
あたりとも比べたくなるが、そろそろやめるべきだ。本作は何より鎌倉の美しさが際立っている。
四季をじっくり切り取った是枝の執念と言えるのだろうが、「執念」というような「重さ」はない。

 むしろ軽やかである。

 いまや小津安二郎の後継者という感も強くなってきた是枝である。家庭劇で人を呼べる監督は貴重だ。
こういう作品が一定以上のヒットを飛ばせる日本というのも悪くない。やや日本の
えこひいきかもしれないが。