「弱いつながり」  東浩紀 | くにたち蟄居日記

「弱いつながり」  東浩紀

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 頁数が少ないのですぐに読み終えた。勉強になった。

 著者は「観光」という言葉と行為に大きな意味を見出している。観光旅行に帯びているある種の無責任性
に積極的な意味があると断言している。

 「無責任」という言葉は重い。人に投げつけたり、人から投げつけられたりする言葉の中でも
「無責任」という言葉の重さは相当だ。逆に「責任を取る」「責任がある」という言葉にはある種の
甘美な美学がある。本当は「責任を取る」という事などはそう簡単にはできないにも係らず、である。

 責任という言葉で縛られてしまうと、例えば、著者が指摘する遊びや主観の無い無機質な博物館にも
繋がっていくであろう。そんな僕らが一度「責任」という言葉から自由になれたらどうなるのか。
それが「観光」であり、「観光客」としての自分である。

 「重さ」は時として大事である。但し、「重さ」に縛られると出来ることが少なくなる。出来ることが
少なくなるうちに、こぼれてしまう何かがある。
 著者の指摘する福島の原発事故も「重い」。但しその「重さ」にばかり拘ると、逆に誰もが掬い取れなくなる。
その掬い取れない状況が福島原発事故を忘却の海に送りだしてしまうことにならないか。著者が主張している
福島の「観光地化」は、対抗策として具体的に提案されている。僕はそう読んだ。

 本書は「哲学」を現在と現場に持ちだそうとしている。その心意気が楽しい。