「ラッセルは語る」   | くにたち蟄居日記

「ラッセルは語る」  


 湯川秀樹が本書を激賞していたことで購入した。絶版になっていることで古書で購入した。本の奥付を見ると
昭和39年である。僕が産まれた年に出た本ということだ。

 ラッセルの言葉は実に面白い。例えば

 「科学とはわたくしたちに分かっているもの、哲学とはわたくしたちには分からないものを扱っている」

 「誰でもどんなことについても確信を持つべきではないとわたくしは思うのです。確信を持てば必ず
  間違うのです」

 「歴史の上での宗教の効果はあらかた有害だったと思います」

 というような言葉を読んでいると、はっとさせられることが多い。例えば、現在のイスラム国を巡って考える際に
上記の言葉は、そのまま今にも通用する。それは例えば「イスラム国は悪だ」と「確信」することすら、実は間違っているという視点に繋がるからだ。

 僕らは「確信」することが好きである。いや、正確に言うと「確信した」と考えている状態が心地よいということなのだと思う。「確信」した段階で、思考停止が始まっているからだ。

 それにしても物理学者であった湯川が本書をどう読んだのかは興味深い。科学とは湯川にとって「分かっているものを扱う」ものだったのかどうか。