「対談」
湯川秀樹の「本の中の世界」というエッセー集を読んでいたら「 『論語』などは孔子と弟子との問答に
なっている」という一文を見つけた。言われてみると、その通りだが、いままで論語が「対話集」である
と思ったことが無かったので新鮮に思えた。
「対談本」というものは結構ある。ある意味では安易な本と言ってもよいかもしれない。但し「対談」や
「対話」というも のが持つある種の不思議な効用は見逃してはいけない。
僕自身がそうなのだが、人と話していて、自分が「自分でも思いがけない事」を言っていることがあるような
気がしている。話をしながら「おや、自分はこんなことを考えていたのか」と自分で自分に不思議さを感じる
ような経験は誰しももっているのではないか。対話とは、相手の意見を聞くだけではなく、自分の中に
埋もれていた意識が浮かび上がらせる作業であるとも言えるのかもしれない。
そう考えると、対談本というものの価値と可能性も分からなくもない。そんなことを考えている休日も楽しい。