「 赦す人 団鬼六伝 」 大崎善生
本書は団という方の破天荒な人生を描き出しているわけだが、同時に著者自身の人生の点景も含まれている。
著者自身が、ある部分では団に似ている部分があることも確かだ。
但し、著者には団のような「徹底性」はなく むしろ破たんしかけた自身を制御出来た様子が描かれる。
そんな著者であるからこそ、団の「徹底性」に かなりの憧憬があること も本書から読み取れる。著者にとって、
団と語り合うことは、自らの中にある 「団」との対談であったのではないか。
そんな著者と団との距離感が本書の底辺に常に流れている通奏低音と なっている。
「赦す人」の「赦」という漢字が良い。「許」ではないところが著者の団への思い入れである。
「赦す」という行為の途方もなさが本書で良く分かった。ある種の宗教者のような姿も見えると
言ってよい。
ということで 団の作品も読もうと思っているところだ。
著者自身が、ある部分では団に似ている部分があることも確かだ。
但し、著者には団のような「徹底性」はなく むしろ破たんしかけた自身を制御出来た様子が描かれる。
そんな著者であるからこそ、団の「徹底性」に かなりの憧憬があること も本書から読み取れる。著者にとって、
団と語り合うことは、自らの中にある 「団」との対談であったのではないか。
そんな著者と団との距離感が本書の底辺に常に流れている通奏低音と なっている。
「赦す人」の「赦」という漢字が良い。「許」ではないところが著者の団への思い入れである。
「赦す」という行為の途方もなさが本書で良く分かった。ある種の宗教者のような姿も見えると
言ってよい。
ということで 団の作品も読もうと思っているところだ。