「無縁・公界・楽」 網野善彦

30年前から本書のことは知っていたが、なぜか読む機会が無かった。今回その機会を得て
ほっとしている。
本書で著者は「無縁・公界・楽」というある種の「人間社会の普遍的な制度」の例を日本を舞台にして
解明しようとしている。「普遍的な」という意味は、「日本だけではなく世界全体でも共通している」
という意味である。
その普遍的な制度は、欧州においてはアジールと呼ばれ、中国では桃源郷であり、
日本ではたまたま「無縁・公界・楽」という呼び名になっているということだ。元の概念は
共通であり、日本・欧州・中国では、その表れ方において、色々なバリエーションがあるという話である。
バリエーションの媒体としては著者は宗教に注目している。「無縁」という言葉は仏教から援用
しているというような考え方だ。
上記のような展開は非常に面白く読める。著者自身が自嘲的に言っている通り「風呂敷をひろげた」と
いう面もあろう。著者が挙げた個々の例に関しても、その度に専門家からの細かい批判を受けてきている
ようだ。
但し、そういう「状況を片手でわし掴み」するような手法も時として重要である。顕微鏡だけではなく
望遠鏡も持っているのが我々であるのだ。本書はまさに望遠鏡で人類を覗き込んだ趣があり、
それが読んでいて感じるある種の興奮にも繋がっている。
簡単な本ではないが面白かった。自分の今のアジールがどこにあるのかも考えさせられた。
ほっとしている。
本書で著者は「無縁・公界・楽」というある種の「人間社会の普遍的な制度」の例を日本を舞台にして
解明しようとしている。「普遍的な」という意味は、「日本だけではなく世界全体でも共通している」
という意味である。
その普遍的な制度は、欧州においてはアジールと呼ばれ、中国では桃源郷であり、
日本ではたまたま「無縁・公界・楽」という呼び名になっているということだ。元の概念は
共通であり、日本・欧州・中国では、その表れ方において、色々なバリエーションがあるという話である。
バリエーションの媒体としては著者は宗教に注目している。「無縁」という言葉は仏教から援用
しているというような考え方だ。
上記のような展開は非常に面白く読める。著者自身が自嘲的に言っている通り「風呂敷をひろげた」と
いう面もあろう。著者が挙げた個々の例に関しても、その度に専門家からの細かい批判を受けてきている
ようだ。
但し、そういう「状況を片手でわし掴み」するような手法も時として重要である。顕微鏡だけではなく
望遠鏡も持っているのが我々であるのだ。本書はまさに望遠鏡で人類を覗き込んだ趣があり、
それが読んでいて感じるある種の興奮にも繋がっている。
簡単な本ではないが面白かった。自分の今のアジールがどこにあるのかも考えさせられた。