「津和野」  安野光雄 | くにたち蟄居日記

「津和野」  安野光雄

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 大学三年生の夏休みの半分を測量のアルバイトで過ごした。貯めたお金で寝袋を買い、リュック一つで西日本に出かけた。
 駅の軒下で寝袋で眠り、午前中は観光、午後からは銭湯とコインランドリー探しである。四国や山陰や最後は九州の柳川まで出かけた。バッグパッカーというような言葉はまだ聞き慣れない頃に、まさにバッグパッカーをやっていたわけだ。もう三十年前の話だ。

 津和野はそんな訪問先の一つである。
 
 銭湯が見つからず、小郡まで鉄道で出かけてお風呂に入ってから、また津和野に戻って駅で寝た事を覚えている。お金は無かったが時間だけ有ったわけだ。それにしても本当に銭湯は当時の津和野にはなかったのだろうか。

 安野が津和野出身であるとは本書を読むまで知らなかった。本書を読んでいると安野は画家だけではなく文章家としても才能に恵まれたことが良く分かる。彼がとぼとぼと語る彼の子供時代の話は実に生き生きとしている。
 
 彼はこう語っている。

 「故郷がすばらしいのは、例えば津和野がディスカバージャパン的であるからではない。誰にとっても、その
    故郷には子どもの時代に通じる道があるからである」

 カタカナ部分がちょっと残念なのだが、それでも「子どもの時代に通じる道」という言葉は非常に鮮やかだ。これを読んだ瞬間、自分の子供時代が一瞬見えた気がしたからだ。

 それにしても安野の絵は観ていて何か懐かしい。津和野にはまだ一度しか行っていないのに、なぜ懐かしいのかをぼんやりと考えているところだ。