「そして父になる」 | くにたち蟄居日記

「そして父になる」

 
イメージ 1
 
  是枝という監督の作品は「歩いても歩いても」に続いて二作目である。厳密に言うと、10年以上前にタイに
住んでいた時に「幻の光」をレンタルショップで借りて観たことはあった。但し異国の地の海賊版ビデオ
だったので画質が悪かった。いずれ再見すべきだと思っている。

 本作の表のテーマは題名通り主人公の福山が「父親になっていく」というように言われるだろう。但し
もう少し考えてみると本作は「父の定義」を巡る映画だとも言える。

 少なくとも福山にも彼なりの「父の定義」というものは有った。例え、それがいささか「冷たく」
エリート然としていたとしても、定義を持って子供に臨んできたことも確かだ。
 一方、リリーフランキー演じる父親は全く違う「父の定義」を持っている。彼の場合には「父親とは
子供に接しているべき存在だ」という単純ながらも、とても「暖かい」定義になっている。
 この二人の父親の「温度感」が、本作の表の見所だ。

 では裏の見所とは何か。これは血の繋がっていない母と息子の話だ。

 福山は継母に育てられた。継母を「おかあさん」と呼べない息子であったことがさらりと語られる。福山の弟が
ごく自然に継母を「おかあさん」と呼び、その継母から「お前は私に似たね」と言われる関係である。この
福山の弟は本作に結構スパイスを与えている。

 また、赤ちゃんの取り違えを意識して行った看護婦も夫の連れ子を育てている。福山に対して、連れ子が継母を庇う場面は本作の白眉だ。

 加えて、尾野と真木の二人の母親も同様だ。二人共に実は血の繋がっていなかった息子を育ててきたことに
なった。自分の息子が血の繋がらない子供だったと知った後に彼女らが見せる無言の連帯は、実は
福山の継母や看護婦にも繋がるものがある。

 多くの方が指摘されている通り、リリーと真木の夫婦が実に上手い。初めにこの二人が出てきた時は
若干悪役染みた感もあってはらはらしたが、中盤以降は惹きつけられた。