「永遠の0」 | くにたち蟄居日記

「永遠の0」

 現在と戦時中の二つの話を並行して物語が進行する。二つの物語が絡み合いながら映画が進んでいくという
映画の「語り口」が上手であり、二時間半という長丁場を一気に見せる作品である。

端的にいうと「現在」が語り部であり、「現在」が語る「戦時中」の物語が本作の表の主題である。
但し、次第にじわじわと「現在」が物語を覆っていく。最後は「戦時中」以上の物語が、「戦後」から
「現在」に至る時間の中にあったことが現れる。その話の、ある種のどんでん返しがこの映画の
カラクリと言って良い。

物語の表のテーマは「戦時中」の特攻隊だ。宮部という稀有の飛行技術と、それ以上に稀有だった人生観と
死生観を持った主人公の人生が語られる。

宮部自身が最後に特攻隊に志願した理由は、分かるようで分からない。

死に向かう部下をひたすら見送る作業に罪を感じ、その贖罪として志願したのかもしれない。
若しくは、戦闘機乗りとしてのある種の本能が死を前提とした戦闘に強烈に惹かれたのかもしれない。若しくは
本作には表立って描かれていないが、同時代の愛国精神に最後に絡め取られたのかもしれない。

そんな宮部に命を救われた大石が戦後を生き抜いたというテーマが裏のテーマである。大石という方の
人生観や死生観は声高に語られることは無い。平凡な方の非凡な人生が本作を豊かに「どんでん返し」をしている。
そこが本作の肝だ。

本作に対して「特攻隊を美化しているかどうか」という地点で論争が色々と起こっているらしい。
そういう議論の建て方が本作を鑑賞するに当たっての正しい切り口かどうかはいささか僕には
分からない気もする。それは戦後から現代に至る過程の物語の方が本作を支配している
からだと僕は思っているからだ。多くの日本人にとっての戦争とは実は戦後にあったのかも
しれないと考えた段階で漸く自分で少し納得したところだ。