「清須会議」 三谷幸喜
三谷幸喜という方は才人だ。但し、才能をいささか浪費している気がし始めて長くなった。本作を見てもその感を免れなかった。
まずキャストが豪華すぎる点だ。三谷という名前で役者が集まることは理解出来る。三谷が「役者を集めて使う」というなら解る。但し、見ていると「集まった役者に使われていないか」という印象が強い。最近の彼の作品では集めすぎた役者に振り回されている気がする。本作も同様だった。
次に脚本について。
本来の三谷の肝はここに有った。彼の初期の作品を見ていると今でも天馬空を駆けるといってよい。
三谷の作品くらい腹を抱えて笑ったものは少ない。それが最近の作品では正直見られなくなったと僕は
思う。
三谷は脚本ではなくて役者に頼っているようになったとは思わない。いや、思いたくない。例えば森田芳光が「それから」以降、長いトンネルに入ってしまい、遂に出て来れなかった。それは森田の才気が活発であっても小さい器だったからだと僕は思っている。三谷はそんなものではないと思う。その意味でももう一度小さな作品で良いからじっくり脚本を作って頂きたい。そう強く思う。なにせ僕は彼の大ファンであるからだ。
まずキャストが豪華すぎる点だ。三谷という名前で役者が集まることは理解出来る。三谷が「役者を集めて使う」というなら解る。但し、見ていると「集まった役者に使われていないか」という印象が強い。最近の彼の作品では集めすぎた役者に振り回されている気がする。本作も同様だった。
次に脚本について。
本来の三谷の肝はここに有った。彼の初期の作品を見ていると今でも天馬空を駆けるといってよい。
三谷の作品くらい腹を抱えて笑ったものは少ない。それが最近の作品では正直見られなくなったと僕は
思う。
三谷は脚本ではなくて役者に頼っているようになったとは思わない。いや、思いたくない。例えば森田芳光が「それから」以降、長いトンネルに入ってしまい、遂に出て来れなかった。それは森田の才気が活発であっても小さい器だったからだと僕は思っている。三谷はそんなものではないと思う。その意味でももう一度小さな作品で良いからじっくり脚本を作って頂きたい。そう強く思う。なにせ僕は彼の大ファンであるからだ。