「歩いても歩いても」  | くにたち蟄居日記

「歩いても歩いても」 

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 amazonのレビュアーの方の間では何も起こらない映画であるという見解が多い。但し、僕には
むしろ観ていて余りに色々な「事件」が詰め込まれている気がしてならなかった。観ていて
息苦しくなったりハラハラする場面がいかに多かったか。見終わって大きく溜息をついた
次第だ。

 本作にはハリウッド映画のような「大事件」は何もない。アクションシーンも無ければ、派手な
ロマンスも描かれない。異星人が攻めてくるわけでもない。考えてみるとハリウッド映画とは、
そういう「非日常的な出来事」をファンタジーとして鑑賞し楽しむものなのかもしれない。

 一方本作に出てくるのは「本当にありそうな事件」である。本作を観て身につまされたという
ご意見は他レビューをざっと読んでも多い。「日常的な出来事」が展開されるだけに、ファンタジー
としてではなく、仮想ではあるものの、「現実」として鑑賞せざるを得なくなる。そこが辛い。

 但し、と考え直して見る。本作にはアクションシーンもロマンスもあれば、異星人も出てくること
にも気が付いた。

 主人公が母親と歩いて行く墓地までの道程や黄色い蝶を追いかける様は充分アクションシーンである。
 ロマンスに関しても同様だ。夏川が言い放つ「誰にでも一人だけで聴く音楽はある」というセリフ
に秘めたロマンスを感じない人はいないだろう。
 異星人に至っては、登場人物全員が異星人であると言える。

 従い、「息苦しくなったりハラハラする」ことは本作を鑑賞する正しい姿勢なのではあるまいか。

 小津映画に似ている点はいうまでもない。小津映画が欧米で評価される理由は、彼らにとって
小津映画はある種のハリウッド映画だったからかと考えたところだ。