「想像ラジオ」
大分の空港で購入した。羽田までの機内で読み通した。
東北大震災の話である。
個人的な話だが、僕は震災で死んだわけではない。家族や友人で震災で亡くなった方も居なかった。更に言うと、2011年3月は
僕はインドネシアに住んでいた 。あの瞬間の日本の状況を全く肌身で感じていない。従い、本書の読者としての資格は
極めて低いと判断せざるを得ないとは思っている。あの震災を色々な意味で経験しなかったことは案外大きい。僕には
いまなお幾つか理解出来ないことがある。そうたまに感じる。
但し、そんな僕であるからこそ本書を読む意義があるのかもしれないと考えるところから始めないといけない
のかもしれない。
小説の力というものがある。小説を読むことを通じて僕らは想像力を強化することが出来る。想像する力が
強くなれば、擬似であるかもしれないが、震災を体験することも可能かもしれない。ここにおいて僕の
個人的な状況と本書の題名である「想像」という言葉が重なってきているのだ。
本書の「想像ラジオ」とは、一体誰が「想像」しているのか。やはり生き残ったものが「想像」している
ということなのだろう。少なくとも著者は生き残ったものの一人だ。
では同じく 生き残ったものの1人である僕はどう 「想像」 すれば良いのか 。それが僕の個人的な本書を読む課題
であり、意味であるということなのだろう 。
東北大震災の話である。
個人的な話だが、僕は震災で死んだわけではない。家族や友人で震災で亡くなった方も居なかった。更に言うと、2011年3月は
僕はインドネシアに住んでいた 。あの瞬間の日本の状況を全く肌身で感じていない。従い、本書の読者としての資格は
極めて低いと判断せざるを得ないとは思っている。あの震災を色々な意味で経験しなかったことは案外大きい。僕には
いまなお幾つか理解出来ないことがある。そうたまに感じる。
但し、そんな僕であるからこそ本書を読む意義があるのかもしれないと考えるところから始めないといけない
のかもしれない。
小説の力というものがある。小説を読むことを通じて僕らは想像力を強化することが出来る。想像する力が
強くなれば、擬似であるかもしれないが、震災を体験することも可能かもしれない。ここにおいて僕の
個人的な状況と本書の題名である「想像」という言葉が重なってきているのだ。
本書の「想像ラジオ」とは、一体誰が「想像」しているのか。やはり生き残ったものが「想像」している
ということなのだろう。少なくとも著者は生き残ったものの一人だ。
では同じく 生き残ったものの1人である僕はどう 「想像」 すれば良いのか 。それが僕の個人的な本書を読む課題
であり、意味であるということなのだろう 。