「はじまりのみち」

邦画がもともと好きなのだが、本作を観てやはり邦画は良いと再確認した。
本作は実話の映画化だという。実話でなかったらいささかあざとい筋立てとも言える。実際にあった話である
点が本作の静かな迫力を生んでいる。
「旅行」という言葉と「旅」という言葉を並べてみる。二つの言葉の間には微妙な、若しくは、明白な違いを感じる。
本作は実話の映画化だという。実話でなかったらいささかあざとい筋立てとも言える。実際にあった話である
点が本作の静かな迫力を生んでいる。
「旅行」という言葉と「旅」という言葉を並べてみる。二つの言葉の間には微妙な、若しくは、明白な違いを感じる。
「旅行」という言葉にはいささか華やいだ響きがある。楽しさがある。それに対して「旅」という言葉にはある種の精神性がある。重さがある。本作は言うまでもなく「旅」の映画だ。日数としては三日程度なので「旅」としては短い部類に入ろう。但し主人公にとって充分に「旅」であったことが本作のテーマである。
主人公は言葉通り母親を背負って「旅」をする。但し主人公が背負ったものはそれだけではない。「映画監督を挫折した自分自身」も背負っている。「母親をリヤカーに載せて疎開すること」を頑固に主張した主人公は、まさに自分の挫折もリヤカーに載せたことになる。それに初めから意識的に気が付いているのは母親だ。主人公は気が付いていたのかもしれないがあくまで無意識に気が付いていただけだ。
「旅」は成功する。主人公の努力だけが成功の原因ではない。途中の旅館の人達、主人公の兄、そうして荷物を運ぶ便利屋のお蔭でもある。
特に便利屋のトリックスターぶりが本作の白眉だ。「自分の挫折もリヤカーに載せた」ことを主人公に初めて
意識させたのは便利屋が河原で主人公に話した木下映画への想いである。
「旅」を成功させたことで主人公は自分の挫折を克服した。エンドタイトル前に紹介される木下映画のいくつかの場面を見ていて、木下という方が幸福な映画監督であったことが伝わってくる。それが心地よさに繋がっている。そう、本作は観ていて心地よい映画であるのだ。