「涙の数だけ大きくなれる」 木下晴弘

年末にさっと読めた。読後感は二点である。
一点目。著者が塾の教師という立場であったという点に興味を覚えた。
僕の理解では塾の教師とは、テストの成績を良くすることだけがミッションだという特殊で限定的な「先生」である。所謂学校の先生は、より全人格的な教育を期待されるミッションと全く異なる存在だ。
そういう方が、ある種の人格教育に出てきているということが本書の背景である。その意味をどのように理解すべきなのかを考えることは本書の読み方の一つだろう。
ある意味で生徒をどう見るのかという点で著者に「気づき」があったのだと思う。目の前にいる生徒は勉強する機械ではなく感情を備えた人格であると考えたとする。その場合、その生徒の人格に迫る事が結果としてその生徒の「テストの成績を良くすること」という卑近ながら現実的な目標に届く。そういう「受験のテクニック」として著者の立場があるのではないか。
二点目。本書へのアマゾン・レビューが興味深かった。
かなりのレビューが絶賛に近い中で、いくつかのレビュアーの方は本書に取り上げられるエピソードを小学生レベルの話ではないかと指摘されている。
初めに言っておくと僕自身も、紹介されたエピソードに関していささか斜に構えて読んだ局面も多かった。その意味では前記のご指摘にはいささか頷いた次第だ。但し、「では話のレベルとは何なのか」と考え直すことは実は頭の体操になるはずだ。
紹介されたエピソードが完全に実話だとする。実話を「小学生レベルなのか、それ以上なのか」と考えることには意味はない。現実の実話にかような評価は有りえない。有るとしたら「実話を読んだ自分自身が、それをどう感じるのか」という一点だけだ。
その意味では、本書のエピソードを素直に読めない僕がいたとしたら、それは僕の問題である。そう考え直すと、本書も一種のロールシャッハテストだとも言える。
一点目。著者が塾の教師という立場であったという点に興味を覚えた。
僕の理解では塾の教師とは、テストの成績を良くすることだけがミッションだという特殊で限定的な「先生」である。所謂学校の先生は、より全人格的な教育を期待されるミッションと全く異なる存在だ。
そういう方が、ある種の人格教育に出てきているということが本書の背景である。その意味をどのように理解すべきなのかを考えることは本書の読み方の一つだろう。
ある意味で生徒をどう見るのかという点で著者に「気づき」があったのだと思う。目の前にいる生徒は勉強する機械ではなく感情を備えた人格であると考えたとする。その場合、その生徒の人格に迫る事が結果としてその生徒の「テストの成績を良くすること」という卑近ながら現実的な目標に届く。そういう「受験のテクニック」として著者の立場があるのではないか。
二点目。本書へのアマゾン・レビューが興味深かった。
かなりのレビューが絶賛に近い中で、いくつかのレビュアーの方は本書に取り上げられるエピソードを小学生レベルの話ではないかと指摘されている。
初めに言っておくと僕自身も、紹介されたエピソードに関していささか斜に構えて読んだ局面も多かった。その意味では前記のご指摘にはいささか頷いた次第だ。但し、「では話のレベルとは何なのか」と考え直すことは実は頭の体操になるはずだ。
紹介されたエピソードが完全に実話だとする。実話を「小学生レベルなのか、それ以上なのか」と考えることには意味はない。現実の実話にかような評価は有りえない。有るとしたら「実話を読んだ自分自身が、それをどう感じるのか」という一点だけだ。
その意味では、本書のエピソードを素直に読めない僕がいたとしたら、それは僕の問題である。そう考え直すと、本書も一種のロールシャッハテストだとも言える。