「戦士の休息」 落合博満

書店で偶然見かけた。衝動買いし、直ぐに読了した。感想は以下三点である。
一点目。落合という方が映画に深くコミットしていた点を初めて知って新鮮だった。
「コミット」という言い方が正しいかどうか解らない。但し 少なくとも落合が映画というものに
出会わなかったら、落合という方の人生の有り様もかなり変わっていたのかもしれないと思わされた。
落合の映画との出会いは高校時代だという。野球の練習や学校をさぼって秋田の映画館で一人で一日を過ごしたという。天才的な野球選手のある種の孤独な姿が目に浮かぶような場面だ。その場面自体が映画的と言ってよい。
一人で同じ映画を繰り返し見ていく。そのうちに、ある種の「物の見方」が養成されていく。その「物の見方」が落合の一生の「物の見方」に結晶していく。そんな歴史が新鮮だった。
二点目。落合という方の淡淡とした語り口の絶妙さにうならされた。
「采配」という野球論の際にも感じたことだ。肩肘を張らずにゆっくりと物事を語る、その語り口が妙に心地よい。
元スター野球選手の本だ。ゴーストライターの方がお手伝いして書いていてもおかしくない。但し、、
この「語り口」は確かに選手時代の落合のそれに似ている。従い、本書もご自身で書かれているのだろうなと
考える次第だ。
三点目。
落合は野球におけるスーパースターは長島と王だけだと本書で断言している。自分ご自身もスーパースターではないと言っている。従い、例えば本日現在プロ野球で大活躍している選手もスーパースターとは呼べないと確信しているご様子だ。
一点目。落合という方が映画に深くコミットしていた点を初めて知って新鮮だった。
「コミット」という言い方が正しいかどうか解らない。但し 少なくとも落合が映画というものに
出会わなかったら、落合という方の人生の有り様もかなり変わっていたのかもしれないと思わされた。
落合の映画との出会いは高校時代だという。野球の練習や学校をさぼって秋田の映画館で一人で一日を過ごしたという。天才的な野球選手のある種の孤独な姿が目に浮かぶような場面だ。その場面自体が映画的と言ってよい。
一人で同じ映画を繰り返し見ていく。そのうちに、ある種の「物の見方」が養成されていく。その「物の見方」が落合の一生の「物の見方」に結晶していく。そんな歴史が新鮮だった。
二点目。落合という方の淡淡とした語り口の絶妙さにうならされた。
「采配」という野球論の際にも感じたことだ。肩肘を張らずにゆっくりと物事を語る、その語り口が妙に心地よい。
元スター野球選手の本だ。ゴーストライターの方がお手伝いして書いていてもおかしくない。但し、、
この「語り口」は確かに選手時代の落合のそれに似ている。従い、本書もご自身で書かれているのだろうなと
考える次第だ。
三点目。
落合は野球におけるスーパースターは長島と王だけだと本書で断言している。自分ご自身もスーパースターではないと言っている。従い、例えば本日現在プロ野球で大活躍している選手もスーパースターとは呼べないと確信しているご様子だ。
その理由としては「選手としての能力」ではなく、「時代性」を挙げる。例えば三船敏郎
を王と長島に並べて書く。それにははっとさせられた。その時代が要求するものがスーパースターだったという
ことか。現代がスーパースターを産み得ない時代ということか。
落合は表紙に紅の豚のポルコロッソを起用している。スーパースターとはいえないポルコに自身をなぞらえている様が本書における落合の基本姿勢だ。以上、大変楽しい読書であった。最後の山田洋次との対談も興味深い。
を王と長島に並べて書く。それにははっとさせられた。その時代が要求するものがスーパースターだったという
ことか。現代がスーパースターを産み得ない時代ということか。
落合は表紙に紅の豚のポルコロッソを起用している。スーパースターとはいえないポルコに自身をなぞらえている様が本書における落合の基本姿勢だ。以上、大変楽しい読書であった。最後の山田洋次との対談も興味深い。