「わが映画 の青春」 衣笠貞之助
著者の映画「狂った一頁 」を鑑賞したことで本書を読む機会を得た。本書を読むことで「狂った 一頁」
が当時いかに進んでいたかということがよく理解出来たと思う。
本書を読む限り、大正時代の映画製作は現代のそれとは全く異なっている。例えば著者は大正六年に
本書を読む限り、大正時代の映画製作は現代のそれとは全く異なっている。例えば著者は大正六年に
日活に入社し その後の5年間で約130本の映画に出演したという。
それだけの大量生産が出来たということは「映画の黄金時代」と呼べるのかもしれない。但し、当時の
それだけの大量生産が出来たということは「映画の黄金時代」と呼べるのかもしれない。但し、当時の
製作の様子を読む限り粗製乱造という言葉を思ってしまったことも確かだ。
もちろん かような「粗製乱造」の中で邦画が独自性を獲得し、その後に繋がったということも
もちろん かような「粗製乱造」の中で邦画が独自性を獲得し、その後に繋がったということも
歴史であろう。僕の私見では日本映画の真の黄金時代は1950年代から60年代に来たが、それも
それまでの蓄積があってのことだ。
そんな当時、「狂った一頁」の実験性は際立っていたろうと本書を読むことで強く感じた。
そんな当時、「狂った一頁」の実験性は際立っていたろうと本書を読むことで強く感じた。
やはり映画にしても製作された時代をきちんと踏まえることは大切なのだなと再度痛感した次第である。
「わが映画の青春」とは著者の青春時代を意味するだけではない。
「わが映画の青春」とは著者の青春時代を意味するだけではない。