「人間の建設」 小林秀雄 岡潔
「学問をたのしむ心」から本書は始まる。その後、本書は対話のお二人の半ば放言集のような様相も示しながら、最後は「素読教育の必要」という内容で締められている。

まず「放言」に関して。恥ずかしながら岡という方は今回初めて知った人である。世界的な数学者と紹介されているが、元来文系の僕として知る機会が無かった。本書における岡は、しかし、数学者の域を超えて発言されている。小林と二人で「特攻隊」の精神を別の角度から検証し、前向きに評価しようとされている場面は殊に印象的であった。僕の理解では数学とは極めてグローバルは「共通言語」である。数式はそのままで世界で通用する言葉だ。そんな言葉を操る方が自らを「日本主義」と断言する場面にはある種のすがすがしさもある。
次に「素読」に関して。「素読」とは優れて肉体的なものだと僕は思う。意味も分からず、ただ、声を出して四書五経を読むという作業は肉体的な訓練に他ならない。そうした、肉体を通じて本を読んでいくという作業は僕らが現在忘れてしまったものかもしれない。
そもそも座禅にしても同様かもしれないが、以前の「学問」には肉体を通じて行わせるという大きな方向性があったような気がする。それを対談されるお二人が再現されたいと考えている様が読み取れた。
1965年に収録された対談を、48年後の2013年に文庫化した出版社の志を買いたい。小林秀雄全集には入っているとのことだが全集とはまさに「象牙の塔」である。文庫という形態は、まさに象牙の塔から何かを解放するのにふさわしいメディアではないか。
それが今回最後にふと感じたことだ。