「世界」8月号

「世界」で連載を続ける「脳力のレッスン」を興味深く読んだ。
本稿では以下の言葉が印象に残った。
「学生も自らの就職に奔走し、自己実現に専心するのみで、社会的課題に対峙する気迫などない」
「『自分の私的生活へのこだわり』という、ライフスタイルにおける私生活主義の次元を彷徨い、半世紀が
本稿では以下の言葉が印象に残った。
「学生も自らの就職に奔走し、自己実現に専心するのみで、社会的課題に対峙する気迫などない」
「『自分の私的生活へのこだわり』という、ライフスタイルにおける私生活主義の次元を彷徨い、半世紀が
過ぎたといえるのではないか」
「『自己過信』『自我狂』ともいえる自分へのこだわりと自己主張」
「我々はよく『官対民』の対立という構図で議論し、官主導からの脱却を語る。しかし、官と民の間には『公』
という概念が存在し、原始共産社会から今日まで、人間社会を維持するには『公共』というテーマを
誰かが担う必要がある」
以上を著者は述べた上で「我々はこの恐るべき視野狭窄から脱却しなければならない」と結ぶ。
著者の言う「視野狭窄」とは、最終的には「個」に拘りすぎている僕らの「視力」を指していると設定する。確かに時代は「個」を称賛し、励ます方向性にある。本屋で並んでいる「自己実現」関係の書籍、若しくは「自己研修」関係もこのジャンルにいれることも出来るのかもしれない。
「『自己過信』『自我狂』ともいえる自分へのこだわりと自己主張」
「我々はよく『官対民』の対立という構図で議論し、官主導からの脱却を語る。しかし、官と民の間には『公』
という概念が存在し、原始共産社会から今日まで、人間社会を維持するには『公共』というテーマを
誰かが担う必要がある」
以上を著者は述べた上で「我々はこの恐るべき視野狭窄から脱却しなければならない」と結ぶ。
著者の言う「視野狭窄」とは、最終的には「個」に拘りすぎている僕らの「視力」を指していると設定する。確かに時代は「個」を称賛し、励ます方向性にある。本屋で並んでいる「自己実現」関係の書籍、若しくは「自己研修」関係もこのジャンルにいれることも出来るのかもしれない。
本屋で並んでいる風景自体には慣れてしまったせいか、特に違和感も覚えない。但し、考えて見ると「自己実現」のマニュアルというものが存在し、かようなマニュアルが売れていること自体は本来異様な話なのかも
しれない。本稿を読んで、ふとかようなことを思ったところだ。
著者が主張する「公共」とは何か。これに関しては著者は「NPOやNGOに参加すること」を推奨している。かかる団体の属していない僕として著者の主張が適切なのかどうか今一つ判断できない。但し、「他者との何らかの運動に参加すること」は確かに視力回復につながる可能性はある気はした。
取りあえず現段階で僕が思った点を漫然と書きだしただけで纏まらないが、考えるヒントになった。
しれない。本稿を読んで、ふとかようなことを思ったところだ。
著者が主張する「公共」とは何か。これに関しては著者は「NPOやNGOに参加すること」を推奨している。かかる団体の属していない僕として著者の主張が適切なのかどうか今一つ判断できない。但し、「他者との何らかの運動に参加すること」は確かに視力回復につながる可能性はある気はした。
取りあえず現段階で僕が思った点を漫然と書きだしただけで纏まらないが、考えるヒントになった。