「ナショナリズムの復権」から

June, 2013 at Columbo, Sri Lanka
第一にナショナリズムは「全体主義」と完璧なまでに混同されている(17頁)
たとえば、人はなぜ、所属する企業の業績拡大を目指すのか。何を目的に、つねに企業は拡大を続ける
のか。縮小=悪である限り、私たちはただひたすら永久に利益の拡大を善だと見なし続けなければならない。
だがこのとき、利潤追求=金を稼ぐという「手段」は、「目的」そのものになってしまっているのだ。(45頁)
伝統と断絶し、不平をいだく人々は、つねに未来を求めて変化と移動を好んでいる。空洞と化した心の
なかに、何かを受け入れることで安心使用とするのだ。(71頁)
死は個人的なものではない、むしろ共同幻想に心奪われることで、かすり傷を共同幻想に結びつけ人は
死に至る、吉本はそう思った。(129頁)
民主主義とは、実は自分の正しさで人々を飲みこもうという欲望のことではないのか。(208頁)