「ローマの休日」

久しぶりに本作を見直したところだ。
本作を喜劇と見るのか、悲劇と見るのかで味わいもかなり変わってくる。ふつうに考えると、ラブコメディーであり
喜劇とする方が一般的だろう。但し、悲劇として見ているといくつかの場面がぐっと味わい深くなる。
例えば「祈りの壁」で何かを祈る場面である。何を祈っているかについてはヒロインは教えてくれない。おそらくは
「自由」を願っていたのかもしれない。但し、若しかしたら、それと同時にヒロインは祖国と国民を祈っていた
のかもしれないのだ。あの場面でヒロインが、かような祈りを行っていたからこそ、彼女は自らの意思で自由を捨て、
王女の地位に戻ることを選んだのかもしれない。
ヒロインは「かぼちゃの車で家に戻る」と言明する場面がある。言うまでもなくシンデレラを意味しているわけだが
大きく違うのは「設定が全く逆転している」点にある。シンデレラでは「貧しい女の子が魔法で素敵な舞踏会に出かける
話」だ。そこで王子に見初められ、ハッピーエンドを迎える。
本作は全く逆だ。「身分の高い王女が、身をやつして世俗の街をさまよい、男性と知り合うが別離せざるを得なくなる」
という話である。従い、結末もハッピーエンドとは言えない。従い、本作は悲劇と見ることが十分に出来るということ
なのだと思う。
それにしてもオードリーは美しい。彼女のベストは本作であると僕は思っている。こういう映画を見ていると
最近のハリウッド映画は、映像こそ凄いが、実は豊かさにおいてはむしろ後退していると思う。こういう映画
を再度作れる時代はこないものか。
本作を喜劇と見るのか、悲劇と見るのかで味わいもかなり変わってくる。ふつうに考えると、ラブコメディーであり
喜劇とする方が一般的だろう。但し、悲劇として見ているといくつかの場面がぐっと味わい深くなる。
例えば「祈りの壁」で何かを祈る場面である。何を祈っているかについてはヒロインは教えてくれない。おそらくは
「自由」を願っていたのかもしれない。但し、若しかしたら、それと同時にヒロインは祖国と国民を祈っていた
のかもしれないのだ。あの場面でヒロインが、かような祈りを行っていたからこそ、彼女は自らの意思で自由を捨て、
王女の地位に戻ることを選んだのかもしれない。
ヒロインは「かぼちゃの車で家に戻る」と言明する場面がある。言うまでもなくシンデレラを意味しているわけだが
大きく違うのは「設定が全く逆転している」点にある。シンデレラでは「貧しい女の子が魔法で素敵な舞踏会に出かける
話」だ。そこで王子に見初められ、ハッピーエンドを迎える。
本作は全く逆だ。「身分の高い王女が、身をやつして世俗の街をさまよい、男性と知り合うが別離せざるを得なくなる」
という話である。従い、結末もハッピーエンドとは言えない。従い、本作は悲劇と見ることが十分に出来るということ
なのだと思う。
それにしてもオードリーは美しい。彼女のベストは本作であると僕は思っている。こういう映画を見ていると
最近のハリウッド映画は、映像こそ凄いが、実は豊かさにおいてはむしろ後退していると思う。こういう映画
を再度作れる時代はこないものか。