色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 | くにたち蟄居日記

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

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読んでいて強く「ノルウェイの森」を意識した。

 「ノルウェイの森」では主人公はキズキ、直子と3人でグループを作っていた。本作では主人公は5人のグループ一員である。
 主人公が、その「グループ」から疎外されてしまう点が「感覚」として似ている。「ノルウェイの森」のキズキと直子は結局自死を選んだ。本作の主人公以外の4名も、ある種の「死」を抱えている点が書き込まれていると僕は読んだ。「死に方」には色々あるし、全てばらばらであるが「どこかが死んでいる」という状況では一致している。そんな気がした。

 若しくはエリという女性の造形も「ノルウェイの森」のレイコさんを思わせるものがある。話し方もどことなく似ているし、レイコさん同様の傷を背負って生きていく姿も重なって見える。

 ユズが抱えていたものも直子やキズキが抱えたものに近いのではなかったろうか。「悪霊」という表現を使っているが、村上春樹の「通奏低音」として「邪悪なものを自らに抱えるということ」というものがあるとしたら、ユズが抱えた「悪霊」もその一つの変奏曲ではないだろうか。

 思い返すと「ノルウェイの森」は未完であった。多くの謎が解決されぬままに放置されている作品でもあった。
 
 僕にとっての本作は「ノルウェイの森」のある種の続編である。本作でも相変わらず未解決の謎が多い。村上という方はつくづく「答え」を出してくれない作家だと思う。読んでいる方としては、いつも宙ぶらりんだ。宙につるされたまま、自分で色々と考えるしかない。それがある意味で「村上春樹の本を読む体験」になっている。自分で答えを出すしかない。今回の作品は、そうは見えないが、「ノルウェイの森」の続編であるということが僕なりの答えである。