「へルタースケルター」 岡崎京子 | くにたち蟄居日記

「へルタースケルター」 岡崎京子

 映画を見たことがきっかけで原作を読んだ。実に考えさせられた。
 
 主人公は「美」を手に入れる爲に、過激な整形手術を選び、「美」を手に入れた。そこまでは本書では
直接描かれない。その「美」を維持する為に何が起こったのかが本書の筋である。当然のことながら
「美」を維持することは容易ではない。「美を維持しようとすること」が、いや、もっというと「美」そのもの
が主人公を食いちぎっている様がテーマだ。
 
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 僕は男性の立場として女性の「美」に対する執念には不感症である。但し、少し本書の読み方を変える
と理解度は増した。
 
 仕事や会社において「あるべき姿・ゴールをまず定め、その上で、そこにたどりつくためには何をしたら
良いのかを考えること」とよく言われる。これはトヨタ自動車の経営関係で出てきた言葉らしい。要は
まず目標設定をしっかり行い、それに向かう方法を戦略的に探すという話だ。へルタースケルターも
この文脈で理解可能だ。目標設定を「美の獲得と維持」に置いた女性の話である。
 
 問題であったのは目標設定というよりは「それに向かう方法」であったことが本書の表の主題であろう。
主人公の選択した方法はまさに間違った方法であったことが本書の悲劇だ。但し、本当の喜劇は「目標設定」
の間違いにあったのではないかと考えることに本書を読む意義がないだろうか。
 
 「美の維持」という目標は、クレオパトラの時代からの永遠のテーマだ。「永遠」であることは「不可能」
だからこそ「永遠」なのである。主人公が演じた喜劇は「不可能なことを願った」という極めて
古典的な話なのだ。
 
 本書のENDINGには妙な明るさがある。自身の演じた喜劇をきれいに生き抜いた雰囲気すら
漂っている。このENDINGに作者の懐の深さを読み取っても良い気がした。岡崎京子という
方の漫画を読むのか今回が初めてだったが大変面白かった。