「ダークナイト」

出張中に「ダークナイトライジング」を鑑賞したことで慌てて本作を後から鑑賞したところである。
本作の面白みは「善と悪が区別がつかず混沌としている」という一種の世界観にある。もっというと
各々の登場人物が自ら善なのか悪なのかが分からず、思い悩んでいると言っても良い。主人公のバットマンに
しても完璧な善人とは言い難い負のオーラをまとっている。また、そのオーラの纏い方が本書の味わいの深み
になっている。
勧善懲悪のホワイトナイトはえてして平板なものだ。日本語表記の問題だが 本作の「ダークナイト」
の「ナイト」は夜=Nightではなく騎士=Kninghtである。「暗い夜」ではなく、「暗黒の騎士」という
表題名である点は重要だ。そしてそれはバットマンを指しているわけだ。
その中でジョーカーだけは迷いがない。はっきりと「悪」である点を本人が自覚し、自覚的に行動を
とっている点で明快な存在である。本作ではジョーカーの存在感が際立っているわけだが、それは
彼の容貌魁偉さからではなく、立場の明快さによるものだろう。実際、登場人物たちがどんどんジョーカー
に悪へ引きずり込まれていく点が本作の大きな見所である。
それにしても「悪」には「美学」を込めやすい。暗闇の中での光の光芒が鮮やかである点と同じだ。
暗闇の中では僕らも時としてどんな悪いことをやっているのかもしれない。そんな動物としての
本能も感じさせる一作だ。
本作の面白みは「善と悪が区別がつかず混沌としている」という一種の世界観にある。もっというと
各々の登場人物が自ら善なのか悪なのかが分からず、思い悩んでいると言っても良い。主人公のバットマンに
しても完璧な善人とは言い難い負のオーラをまとっている。また、そのオーラの纏い方が本書の味わいの深み
になっている。
勧善懲悪のホワイトナイトはえてして平板なものだ。日本語表記の問題だが 本作の「ダークナイト」
の「ナイト」は夜=Nightではなく騎士=Kninghtである。「暗い夜」ではなく、「暗黒の騎士」という
表題名である点は重要だ。そしてそれはバットマンを指しているわけだ。
その中でジョーカーだけは迷いがない。はっきりと「悪」である点を本人が自覚し、自覚的に行動を
とっている点で明快な存在である。本作ではジョーカーの存在感が際立っているわけだが、それは
彼の容貌魁偉さからではなく、立場の明快さによるものだろう。実際、登場人物たちがどんどんジョーカー
に悪へ引きずり込まれていく点が本作の大きな見所である。
それにしても「悪」には「美学」を込めやすい。暗闇の中での光の光芒が鮮やかである点と同じだ。
暗闇の中では僕らも時としてどんな悪いことをやっているのかもしれない。そんな動物としての
本能も感じさせる一作だ。