「声を聴かせて」  にのみやさをり | くにたち蟄居日記

「声を聴かせて」  にのみやさをり

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 にのみやという方の写真集を個人的に購入したことが以前にあることで本書を手に取る機会を得た。

 著者は性犯罪被害者であるという。著者が写真を撮り始めたのは、著者が自身のPTSDを克服しようとする為であったことは著者自身があとがきで記していると僕は解した。

 性犯罪被害自体が理解出来にくい男性の一員の僕として、そういう「写真の撮り方」というものがあること自体が驚きであった。以前写真集を購入した理由は著者の写真の独自の世界に惹かれたことであったが、その独自の世界の背景に性犯罪被害が有ったことまでは読み込めていなかった。

 勿論、それは著者の写真が著者の個人的な動機から「独立」した地点に立っていることも意味するとは思う。著者の写真自体は、それが撮られた段階で、既に独り歩きしはじめる。そんな独り歩きしている写真と僕が出会う場所は、僕と写真との任意の場所であるべきだ。

 田口ランディは解説で

 「だが、彼女がこの本を出版した本当の目的は、性犯罪被害者の救済のためなのだろうか。そうで
  あっても、私は納得しないだろう。」

 と書いている。田口が言っていることは僕が著者の写真を見る際に感じるものと余り遠くない気がする。

 田口は「表現者」としての、にのみやという方の「有り方」を解説で書いているのだと思う。田口は「にのみやさんの人間に対する真摯な好奇心は、やがてもっと別の対象へと移っていくだろう」とも言っている。それを、今後の彼女の写真で目撃するであろうという予感は、僕も持っている。

 同時代の写真家をゆっくり見ていくという醍醐味はそこにあると僕は思う。