「銀河」 ルイス・ブニュエル

たまにブニュエルの映画を見たくなることがある。
「たまに」という点が大事だ。いつも彼の映画を見ていたら、おそらく頭がおかしくなるかもしれない。これは例えば非常に癖のある食べ物にも似ている。常食には向かないが、たまに食べると美味しい。それが彼の映画である。
本作を観るにあたって、キリスト教のバックボーンがどのくらい必要とされるのだろうか。
タイトルバックでブニュエルは本作に出てくるエピソードは全て、実際のキリスト教関係の経典等から引用してきたと言っている。例えば現代のキリスト教徒の方は全て、かかるエピソードに知悉しているのだろうか。もしそうではない場合には普通のキリスト教徒の方にとっても本作の難度は実は高いのかもしれない。そんなことも考えてしまうくらい、本作に出てくるエピソードの多彩さには圧倒されるからだ。
一方、キリスト教に関して余り知識がない僕にしても、本作は笑える場面が多い。本作は観ている人に共感や感動を齎すものでは全く無い。
本作を観て涙を流す方がいるとしたら、失礼ながら相当の変人か、ブニュエルのマニアックなファン以外にはありえない。おそらく、劇場内を黒い笑いで満たすことがブニュエルの狙いであったはずだ。その意味では良く分からないながらも笑ってしまっている僕は正統な観客であるとも言える。
ここから本来なら「笑い」とは何なのかという議論に話を持って行くべきなのかもしれない。但し、そんな固い話に持って行こうとすると、ブニュエルは肩をすくめるだけだと思う。
この稀代のロードムービーはそんなに肩をいからせて観るべきではない。くすくすと笑いながらもなんとなく不安になってくる。そんな体験がこの作品を観賞するということだろうし、そもそもブニュエルの作品全体に渡る特徴なのだと思う。
だからこそ彼の作品を観るのは「たま」で良いのだ。いつもなんとなく不安になっては居たくないものだから。