政治生活においても消費者となってしまったのです。
「今ではもう、政治運動というものはありません。(中略) わたしたちは経済生活においてと同様、
政治生活においても 消費者になってしまったのです。」
--「荒廃する世界のなかで」 トニー・ジャット ーー
この「消費者」という言葉をどう理解すべきかと考えている。
最近の日本で「政治」とは「消費されるもの」になっているという気がしている。小泉劇場ではないが、一種の見世物化してような気がしてならない。過去数年の選挙の「ドラマチック」な展開は、まさに「ドラマ」という形で「消費」されているとは言えないだろうか。