N君への手紙 | くにたち蟄居日記

N君への手紙

N君
 
 昨日読んだ「新自由主義と権力 ― フーコーから現在性の哲学へー」という本に面白い話がありました。
 
1 麻薬の販売を取り締まる際に供給側を取り締まると、供給側の少数精鋭化、
  販売網の独占化、麻薬の単価上昇=>麻薬中毒患者による犯罪の増加
  (高額な麻薬を買うためのお金を得るため) という結果を齎す。
 
 
2 従い取り締まり先を供給先ではなく、需要先=麻薬中毒患者側にした
  方が良い。そうすると、需要減=>麻薬の単価下落=>供給側の新規
  参入障壁となる。
  また 供給側は、新規顧客(=新規中毒患者)に対しては、安く供給
  することで常習化させる一方、常習患者に対しては高く売るようにする。
  従い取り締まる方(=政府)としては、新規顧客への価格が高くなるように
  する一方、常習患者への価格は低く抑えるようにすることで常習患者の
  起こす犯罪を抑えるようにすべき
 
3 つまりは 麻薬のような「犯罪」にも需要供給分析を導入することで、
  「麻薬市場」という環境に「介入」し、「最適化」を図るという手法がある
  という話らしい。また 犯罪を0にすることにはコストが掛かるので
  費用対効果を勘案して「この程度までの犯罪なら許容すべき」という
 判断を行うというシナリオにもなるとのことです。
 
 犯罪を経済的に扱うことの面白さとでも言うべきか?これを敷衍すると、例えば
 会社の内部管理に対しても 費用対効果を導入してほしいところ。「歩留まりとして
 有る程度のミスや不正が発生することはしょうがない」と前提した上で、「いかに
 ミスと不正を最小化にさせるかという環境介入」に重きを置けないかなとも思ったもの。
 
 それにしても「経済学」とは、有る意味で恐ろしいな。見える化=数値化する
 ことで 一見「公明正大」な雰囲気を漂わせるが、その後ろに「権力」が
 隠れることが出来るのであろうという点において。
 
 
くにたち蟄居日記@死海