平日の昼下がりであった。

高い木立に覆われ森閑とした境内を一歩抜けると、そこには鄙びた温泉街のような、うら寂しさと長閑さが入り混じった独特の空気と時間が流れていた。

急ぎ足、いや、坂道を下りゆく重力慣性に必死で抵抗しながら、そうちゃんは路傍に建ち並ぶ歴史的建造物に眼をやっていた。

中には普通の民家もあった。

かつては旅館業を営んでいたようであるが、既に商売を畳んでしまったような家々も少なくなかった。

ツワモノどもが夢の後という言葉を想起させる廃屋や廃墟もあった。

そして、ついに目指すべき建物の最初の一軒が眼に入った。

最初に感じたことは、ついにここに来ることができた、という安堵に似た思い。

初めて来たはずなのにそうでないような既視感があった。

外観は普通の旅館と同じだ。

名称に「料理旅館」とか「観光旅館」という形容が冠せられており、お上のお墨付き(旅行業票)やら「日本旅行業連盟」とかの所属団体のオフィシャルなシールが貼られている。

よく気をつけて見なければ、その特別な看板を見落とすところである。

「18歳未満お断り」とか「風俗営業届出」というような言葉の意味するところを果たして、この前を通る人のどれだけの人たちが認識しているのだろう、と要らぬお節介が頭をよぎる。

一軒目が出現した後は、次々と同じ種類のそれらの店が眼に入ってくる。

宝山寺の門前、「観光生駒」という意味深な名称のエリアに集う旅館群は、既に廃業したものを除くと、十数件もあろうか。

さて、どこの宿に入ろう。

いつもの如く、事前に最低限の情報収集は済ませてあった。

宝山寺のシステムは既に書いたが、休憩の場合で2時間27000円。

置屋から呼ぶ形なのでどこに入っても同じことらしいが、どうせなら快適な宿の方が良いに決まっている。

戦艦の名前と、山の名前の宿が人気あるらしいが、それらしき名前はすぐには見つからなかった。

そろそろ旅館の建ち並ぶエリアを抜けようかという段になって、ようやく前者、戦艦の方が見つかった。

ガラス戸越しに中を望見したが、人影は見えない。

意を決して中に入ると、自動のチャイムが鳴り響いた。

しばらく待っても誰も応対に出てこないので、靴を脱いで受付や待合をうろうろ歩き回っていたが、それでも誰も来ないので、これは縁がなかったということだろうと思い決し、靴を履き直して外に出た。

その一軒か二軒隣に、もう一つの「お勧め宿」があった。

どうやら、こちらの宿の方に、その日のそうちゃんは縁があったらしい。

玄関入ってすぐの待合に女将さんらしき年配女性が座っていて、すぐに出迎えてくれた。

「丁度今、出かけようと思っていたところ」

聞けば、十一時に一組お客さんがあって、その案内を済ませたので、買い物に出かけようとしていたのだという。

時計を見れば11時20分近い。

宝山寺新地は十一時が開業だと聞いている。

開業直後の、いわゆる口開けを狙ってやって来る客を除くと、平日の昼間から訪れる客は殆どないのだろう。

そのことを旅館の側が経験則上予期していて、買い物その他の諸用事を済ませているということなのだろうか。

先ほど入った戦艦の宿の場合もあるいは、そのケースであったかもしれない。

考えてみれば、随分呑気な話ではある。

ここいらの旅館を狙うような空巣もないのだろう。

さて肝腎のお相手の女性である。

女将が電話をかけて聞いてくれたところ、すぐに来れるのが、三十代で、とても感じが良い子であるが、やや太めであるとのこと。

二つ返事でOKする。

部屋は風呂ありと風呂なしの二つの種類があるのだという。

風呂なしの場合には、共用の大きな風呂を使えるというので、せっかくなので風呂なしを選択した。

案内された部屋は思ったよりも広かった。八畳くらいであろうか。

二間続きで居間にはテレビが置かれている。奥に床を敷いて、ことをいたす形であろうと予測できた。

お茶を入れてもらってから、スーツを脱いでくつろいだ。

思いのほか、落ち着く。

待つこと五分も経たずして、お相手が連れて来られた。

確かに、体型はややぽっちゃりであった。顔立ちは普通。

第一印象は暗い感じを見受けたが、打ち解けて話しているうちに、不思議なもので、可愛らしく思えてくる。

少し話をしてから、連れ立って風呂に行く。

この風呂が古いとはいえ、なかなか立派であった。

何より窓の外から見下ろす景色が良い。

屋根の脇からであったが、奈良盆地の市街を一望に見下ろせた。

湯加減も至極気持ちよかった。

聞けば、ここの宿が一番風呂がきれいでお湯の質が肌に優しいとのこと。

外観上は、最初に入りかけた戦艦の方が立派であったのだが、人も宿も見かけには寄らないということか。

普通に(つまり風呂では何もせずに)身体を流してもらって湯を出る。

部屋に戻っていよいよプレイ開始。

相手の子は入ってまだ1ヶ月程度ということで、他に風俗経験も全くない未婚女性。

素人っぽい感じが良かった。

やや崩れ気味ではあるが豊満な乳房が印象深かった。

一通りの攻めと受けを堪能してからバックで長い時間楽しんだ。

うぐいすの声を聴きながら、女体と交合できるというのは、そうそう経験できることではない。

これも観音様のご加護のお陰だろうか。

宿を出る際に支払った2万7千円のうち、宿側が1万5千円を取って、残りの1万2千円を女の子に渡しているのを見て衝撃を受けた。

あれだけのサービスに対して受け取る対価としては、ちと少なすぎるようにも感じたし、宿の取り分がまさか女の子のそれよりも多いとは想像できなかったが、これが世の中というものなのだろう。

ほろ苦い感傷をかみ締めながら、まぶしい午後の陽光の中を出て行った。









生駒宝山寺のご本尊は歓喜自在天、またの名を大聖歓喜天という。

本邦では象の形をしていることが多いというが、その形状は二体が抱き合った姿、すなわち男女交合の姿を現した、極めて官能的な仏様である。

この寺の門前に遊郭が栄えたことは、いわば必然であったのだろう。

往時の賑わいこそないが、寺もその門前町にも、いぶし銀の如く独特のたたずまいが感じられる。

何より寺が気に入った。

大阪の中心部から半時間程度の距離にあるとはとても思えない。

深山幽谷の霊場という形容がぴったりくる。寺でありながら入口には巨大な社が参詣者を出迎える。

生駒のふもとから、ほぼ直線的に急勾配で坂昇る参道。

本堂を囲うようにして密教くさい香りの仰々しい伽藍がいくつも建ち並ぶ。

断崖の側面には観音像が安置され、現世利益に腐心する衆生を見下ろしている。

さて、観世音菩薩も女性である。

観音様に見守られながら、「かんのん様」を満喫するのも悪くなかろう。

というわけで、お参りをそそくさと済ませた後、そうちゃんは急な参道を急ぎ足で下って行った。

学生の頃、山上遊園地へ登った際に近くを通ったような気がするが、その時には参道に軒を並べる、ひなびた外観の「観光旅館」の入口脇に「十八歳未満お断り」の意味深な看板が掲げてあることなど夢にも気づかなかっただろう。

この地に関西屈指のディープなプレイスポットがあることを知ってから十年近くなるが、これまではついぞ足を向けようとしたことがなかった。

理由は幾つかある。

一つは対象の問題だ。

お相手の女性は、殆どが年配の熟女ばかりであるというので、あまり若いうちは向かないと聞いていた。最低でも三十代後半、中には五十代、六十代もいるという。

にも関わらず、熟女風俗の最大の利点である、「生中」がここでは標準ではないらしい。

熟女としっぽり遊ぶのにはやぶさかではないが、「大トロ」を生食でないのであれば、あまり魅力を感じないというわけだ。

もう一つは、場所的に日常の行動範囲から微妙に外れているということもあった。

仕事上、車で奈良方面に行く機会はあるが、第二阪奈のトンネルで生駒を突っ切ってしまうのが常である。

トンネルを出てすぐの出口から山を登れば10分程度で目的地へ到着するのであるが、その際には第三の、そして最も大きな問題点が立ちはだかる。

それは時間である。

宝山寺のシステムは二時間、27000円がデフォルトだ。

この他にも泊まりや「約束」という独特の形態があるものの、こちらは更に時間が長くなる。

二時間が最低標準時間なのである。

場所的にやや辺鄙で遠い場所にありながら、プレイ時間も十分に確保せねばならないとなれば、行く機会が限られてくるのは自然の摂理であろうか。

しかし時間というものは作ろうと思えば作ることができるものであると、そうちゃんは知った。

大事なことは、そこに行きたいという欲求があるかどうか、である。

かくして、さる6月の朝、そうちゃんは宝山寺の地に足を立たせることに成功した。

いや、あそこを立たせて性交した、というべきか・・・

(続く)








今回は柄にもなく、少し堅いお話になります。

最近、人生についての考え方が大きく変わりました。

少し前までは仕事と遊びというものを厳格に分けていました。

仕事というものは面白くなくてもきっちりと時間内に片付けなくてはならないものであり、遊びの時間を楽しく過ごすために仕事はさっさと終わらせてしまおう、というスタイルでしたね。

仕事が忙しくなると、遊びはご無沙汰になってしまったり、はたまた仕事があまり忙しくない時には遊びに溺れてしまうという、両極端な時間を交互に送る形が続いていました。

そんなわけで、このブログも更新が頻繁な時期と、まったく更新しない時期があったわけです。

ところが最近、自分の中で大きな心境の変化が起きたように感じます。

何というか・・・四十歳を前にして、ようやく不惑の境地に達したということでしょうかね(笑)。

悟りを開いたというと大げさですが、自分の中ではそれに比すべき大きな転換が起きたというように捉えています。

ある種の人たちには自明なことなのかもしれませんが、要するに仕事も遊びも、いや人生を構成する全ての要素は楽しむために存在するのであって、いやいや済ませるべきことは、この世の中には何ひとつ存在しないということです。

この考えを受け入れるのには、最初はすごく抵抗がありました。

仕事と遊びを同じ次元に捉えるというのは不謹慎であるという固定観念がありましたから。

いや、もちろん今までも仕事の時間に風俗に行ったりは普通にしていましたよ。

けれども、そんな時にはどこかで後ろめたい気持ちを感じていたものです。

世間一般の人たちは汗水たらして働いている時間に、おれは違う汗を流していて良いのだろうか、って(笑)

ところが、最近、自己啓発関連や精神世界に関する本を何冊か読むようになって、自分なりにその知識を咀嚼していくうちに、心底から楽しい時間を過ごしているのであれば、どんなことをしていようが、他人がどう思うかというようなことは何ら気にする必要はない、という考えに至ったのです。

つまりは快楽原理主義ですね。

全ては快楽のためにこそある、のであって、自分が楽しいと感じるかどうかという視点が全てなわけです。

ここで注意が必要なのは、「心底から楽しい」と思えるかどうか、という点です。

賢明なる男性諸氏なら、冒険的な風俗体験というものの多くが苦痛と自己嫌悪に彩られているということを思い出されるに相違ありません。

冒険を恐れて無難な店や嬢に終始すれば退屈とマンネリが待つばかり。

風俗遊びの醍醐味は、無数に埋め込まれた地雷原を乗り越えて、桃源郷にたどり着こうとする不断の冒険にこそあるのではないでしょうか。

無論、これは風俗遊びに限ったことではなく、人生において心底から楽しいと思える時間などそうそうあるものではないというのが、多くの方々が常々感じることでしょう。

そうちゃんもつい最近まで、そんなふうに思い込んでいました。

けれどもそれは間違いでした。

全ては捉え方次第だということに気づいたのです。

仕事も遊びもセックスも、今ここにいる瞬間を楽しむということが全てであって、要するに楽しんだもの勝ちなわけです。

風俗店の例でいえば、今までそうちゃんは新規の店を開拓する場合に、ネットで十分な下調べをした上で訪問するのが常でした。

キャンペーンのクーポンなどあろうものなら、必ず印刷して割引を受けていましたし、地雷が多いと巨大掲示板に警告されている系の店には近づかないというのを鉄則としていました。

病気とか、悪い運気をもらったりするのでは、ということは常に心配していましたし、終わってからのイソジン消毒なんかも欠かしませんでした。口腔や咽喉のうがいだけでなく、イチモツも濃い目のイソジンで洗浄してましたよ(笑)

そんな予定調和な遊び方をしていたのですから、面白くないのもむべなるかな、でしたね。

今では自分の直感を信じるようにしています。

毎日が旅の心境といいますか・・・

もちろん、ある程度の情報収集はしておくのですが、その日に空いた時間ができたとして、どこの店に行くかは、その時になるまで決めていません。

当然、前の日から予約なんてするはずもありませんし、店の前でためらって行き過ぎたりすることもありません。

かんなみや今里に突入できたのも、この心境の変化のおかげではありますね。

もう一点、自分が変わったなと感じるのは、遊びは遊びというように、割り切れるようになったことです。

基本的にそうちゃんは指名はあまりしない方でしたが、いつもしない分だけ、指名するようになると相手に入れあげたりすることがありました。

もちろん粘着系なストーカー行為なんかは決してしないのですが、内的には執着心が昂じて、仕事や家庭生活に若干の支障をきたすようになったことも皆無ではありませんでした。

今では一緒にいる時間に自分が楽しく過ごせるかどうか、という点だけが唯一の関心ごとですね。

指名をしたりすることもありますが、きれいにさわやかに遊ぶようにしたいですね。

旅人の精神をもって、日々を面白く可笑しく過ごしたい。

さて、今日はどこに出撃しましょうかね?(笑)



待つこと5分以上10分未満という感じだったでしょうか。

ようやくドアが開いて嬢の登場となりました。

当たりです。

後で脱いだ時に見て、体型はやや崩れ気味とわかりましたが、顔は可愛い子でした。

たどたどしい日本語で話し方にも愛嬌がありました。

ところで・・・電話のママの話では、ここから「後半」の「膀胱」が始まるらしいのですが、嬢はいきなりダイレクトに股間あたりを意味深にまさぐり始めるではありませんか。

しかも「お兄さん、何したい?」とおねだり始める始末。

これは想定外というか、何というか、やや戸惑ってしまいましたが、中華エステによくある追加料金を支払っての本番サービスということなのでしょう。

この子とならいいかなと思ったので、値段を聞いてみると、追加料金は8,000円とのこと。さっきのオヤジのマッサージと合わせて15000円となります。

やや複雑な感もありましたが、「ゆっくりサービスするから」と嬢に言われてOKしました。

どうやら店はヒマそうだったので、その後も予約など全く入っていなかったのでしょう。

商談成立ということでシャワールームに向かいます。

その後のプレイは・・・可もなく不可もなく、というところでした。

久しぶりにゆっくり女陰をねぶらせていただき、ご馳走様という感じですね(笑)。

終わったあとも、心込めてマッサージしてもらって、これが結構良かったです。

聞けば、中国で国家資格を持っているとのこと。

案外、マッサージだけの方がCPが高く、マンゾク感があったかもしれませんね。

人によっては、タケノコ剥ぎと取られるかもしれませんが、そうちゃんとしては久しぶりに何が起こるかわからないサスペンス感を楽しめた一日でした。

おかげで後の仕事の予定が狂ってしまいましたが(泣)。