日曜なのに今日は休みだ。

なぜかって?それは自分が平日休みの仕事をしているからだ。

布団の中でうだうだしているうちに10時になってしまった。

起きなくてはと思ってからもう2時間も経っている。

 

とりあえず起きて洗濯機だけ回した。ズボンが3本も入っているので洗濯機は苦しそうだ。それでも人間がスイッチを押したら「やりますよ、壊れるまで」と従順にこちらのこういうことを指先一つの指示でこなしてくれる。

えらいなぁ。

洗濯機に生まれてもきっと自分はすぐ壊れたフリをして、動かなくなるだろうなと思った。

 

また布団に戻ってスマホゲームを開く。スマホの充電が20%しかないことに気づき

充電コードを挿す。ブン、とスマホが震え、充電が始まった。別に記録を残したいわけでもないし、楽しいからやっているわけでもない。なんとなく手持ち無沙汰だからゲームをしているだけだ。本くらい読めばいいのにさ、と脳が言っている。しかし自分は聞こえないフリをしていた。聞こえないフリをするのはとても得意だ。でも得意なだけで、100%じゃない。失敗もある。それが現実だ。

 

いつもより難しいコースをプレイしているうち、あっという間に洗濯が終わった。30分なんて一瞬だ。秒だ。毛布を剥ぎ取り、洗濯機の前に立つ。狭い1kの部屋で、洗濯機は玄関の横にある。いつもわざわざサンダルを履いて洗濯物を回収するのが億劫うだった。もっと広い家に住みたいな。と思うがすぐに「でもお金ないしな」と思う。そろそろ靴下も新しいのを買わないと穴が開きそうだ。

 

また布団に潜り、スマホを手に取る。お腹がゴロゴロいっている。前夜に「明日は休みだし」と深酒してしまったのが悔やまれる。お酒は好きだけど、こんなに飲んだのは久しぶりだった。でも不思議と二日酔いにはなっていない。意外と頑丈なんだな、自分のカラダって、と思った。

 

動画を観ていると風呂に入ってないことを思い出した。もうそろそろ昼の12時だ。今日も午前中をこんなに無駄に過ごしてしまった。また後悔の念が襲ってきた。もうどんだけMなんだよ、俺。ネガティブ選手権があったら、国内大会くらいは余裕で優勝してるよな、と無駄にポジティブな自分が顔を出した。

 

ユニットバスの扉を開ける。少し臭い。カビとも違う。そうだ、もう風呂掃除を2週間もしてないことを思い出した。どうせいつもシャワーだし。どうせ湯船なんか浸かったことないし。でも匂いって記憶に残るから、なんかやだな。パンツ一丁になった僕は風呂掃除の道具を持ち、ユニットバス中を洗い始めた。日々の嫌なこと、全部洗い流すみたいに。排水溝にグルグル円を描きながら吸い込まれていく泡を眺めながら、このまま自分自身の人生も掃除して、何もなかったことにならないかなと思った。自分できれいにできるのは、外から見える部分だけだ。自分はいつだって真っ黒。落ちない汚れをずりずりと引きずりながら生きている。

人間の見えない汚れ落とします!っていう洗剤、Amazonで売ってないかな。少ないけど、5万くらいなら出すな。いや6万までかな?

 

シャワーを浴びたらスッキリした。少しだけ心の中の汚れも落ちた気がした。それはきっと一緒に掃除した便器を見てそう思ったんだろうけど。

風呂から上がるとまたお酒が飲みたくなった。昨日あんだけ飲んどいてまたかよと思う。でもいいじゃないか。何も予定のない日曜日だ。どこに行ったって家族連れて混んでいるだろうし。男一人、静かにどこかの家族分の駐車スペースを譲ったと思えば、自分のこんなクソみたいな行動も誰かの役に立っているかもしれないと考えることができる。

 

缶ビールを飲み干すとお腹が空いてきた。こんなときでも腹は減る。誰が言ってたっけ?なんてことを思う。有名な作家だろうか。はたまた自分の親だったろうか?そんなことは忘れてしまったな。

 

カレーが食べたくなった。食料のストックを漁るが、何もない。シーチキンが2缶出てきただけだ。これではなぁ…

歩いて5分のところにチェーンのカレー屋があることを思い出した。こんなボサボサの髪と部屋着で行くわけにも行かないよなと、履こうとしていたスウェットを布団に放り投げ、クローゼットの服の山から、着られそうな服を「発掘」した。外はまだ冬の風が吹いているようだった。さっきテレビの天気予報でも言ってたし。でも近所だしいっか、と薄手のジャンパーを羽織る。

 

「家の鍵、財布、スマホ…あ、マスクマスク」

 

玄関の扉を開けるとやっぱり少し寒かった。首の血管がキュッと締まるのが分かる。アパートの階段を降りたところで、ハンカチを持ってないことに気づいた。カレーを食べると、どうしても汗が吹き出てくる体質なので、ハンカチは必須なのだ。汗をふけるぐらいのナフキンはあるだろうと思ったが、タオル地のハンカチに勝るものはない。階段を上がり直して、ハンカチをズボンのポケットに突っ込んだ。

 

14時を過ぎていた時間もあって、そんなにお店は混んでいなかった。

「お好きな席へどうぞ」と言われると、なぜかどこにしようかなと迷ってしまう性格で、「こちらへどうぞ」と案内してくれた方が楽なのにとかいつも思ってしまう。このお店で食べるものはいつも決まっている。カレーの他に小さなサラダを注文した。

大盛りで注文したカレーはとても美味しそうだ。そしてやっぱり部屋に戻ってハンカチを持ってきたことは正解だったと確信した。

 

食べ終わる頃には顔中が汗でびっしょりになっていた。でも気持ちは爽快だった。多分カレーを食べたいというよりも、自分は汗をかきたかったんじゃないか?と思った。

 

会計を終えて外に出ると、少し寒い外の風は心地よさに変わっていた。歩き出してすぐの場所で信号待ちをしていると、交差点の名前が神社の入り口になっていることに気づいた。ここに越してきて一年半くらいになるが、近所に神社があるなんて全く知らなかった。自分は信号を渡らずに、そのまま交差点を曲がって神社があるという方向へ歩き出した。

 

5分も歩くと大きな森が現れ、遠くの方に神社の鳥居が見えた。ほんとにあったよ。そう心の中で驚きながら、参道らしき石畳を奥へ進んだ。鳥居の前のスペースには小さい子供を連れた家族が遊びにきていた。一番上のお姉ちゃんらしき子が自転車の練習をしているようだ。ピンクの自転車にピンクのヘルメット。きっとピンクが好きなのかなと思いを巡らせながら、軽くその家族に会釈をして鳥居を抜けた。

 

本殿はとてもじゃないが綺麗な建物とは言えなかった。例えるならとなりのトトロに出てくるサツキとメイの家をもう50年くらいボロくしたような…

神様に罪はないし、この建物をボロくしてしまったのは我々人間の方だ。

財布に入っていたありったけの小銭を投入していると、さっきすれ違った家族のお父さんが大きくクシャミをする音が聞こえてきた。

 

「二礼二拍手一礼」

 

小さくつぶやきながら、1分近く神様に挨拶とお願い事をした。

 

来た道をそのまま戻っていると、側道の向こうに小さな公園が見えた。さっきの家族がいるのも見える。そうか、あそこに遊びに来てたのか。くる時は家族連れが気になって見ていなかったのだけど、参道の両脇には大きな木が植えられているのに気づいた。きっと桜だろうな。春には一面にピンクの花が色づくのだろう。こう見えて、少し前に大きな病気をしたことがあった。まるで病室から桜の木を眺め「あの桜が咲く頃には」とか考えていた自分を懐かしく思った。

 

このまま帰るのはなんだかなという気持ちになり、目の前にあるコンビニへ寄った。すでにお腹はいっぱいなので、ジュースを買うくらいだが、すごくたくさん寄り道をしたくなった。雑誌コーナーを眺め、ドリンクコーナーで見たことのない新作ジュースを発見し、結局美味しそうなサンドイッチも買った。

 

今度は来た道を戻らずに、裏道へ向かった。車通りが多く、ダンプカーが横を通り過ぎるときは少しだけドキッとした。砂埃が宙を舞い、マスクをしててよかったと思った。

1、2分も歩けば小さな川が出てくる。堤防の下では子供たちが枝を振り回しながら、謎のゲームをしていた。リーダーみたいな女の子が「じゃあね、この杖を3回振ると…」と言ってたので、魔法ゲームだろうか?自分の時代には無かったな、と妙に感心した。

 

子供達の声が聞こえなくなった頃、川の向こう岸方面からベビーカーを押すママさんが近づいてきた。距離が近くなってくると、それはベビーカーではなく、小さな男の子が自転車に乗っているのだとわかった。どんな見間違いしたんだよ俺は、とおかしくなった。自分に気づくと、ママさんは歩みを速め、自転車を追い越し、さらに足早に自分の横を通り過ぎようとした。その後ろを「ねえママお医者さんは行ったのー?」と聞きながら追いかける男の子に、ママは「え?行ってないよ!」とぶっきらぼうに話をちょん切っていた。聞かれたくない話でもしていたのだろうか?それとも単に自分のことを不審者だと思われたか。どちらにしろ、すれ違ったママさんが自分のことをよく思っていないのは事実だろうなと思った。

 

川を渡り切ると、昔ながらの平屋建ての家が何軒か現れた。一体何台止められるんだろうという広い敷地には大きなワンボックスカーと高級車が止まっていた。車の風貌からどう見てもヤクザでしょうよ、と思ったが敷地内からは楽しそうな子供たちの声が聞こえてきたので、勝手に「きっとヤクザではない」という解釈で落ちつこうと思った。

こういう人たちがご近所問題とかに遭遇したらどうするんだろう?と考えた。昔ながらのネットワークで本物のヤクザでも引っ張ってきて解決するんだろうなぁなんてことを考えたら、こういう人を敵にするのはめんどくさそうだし、友達にもなりたくないな、と思う。

 

もうすぐ家というところで、半分が空き家になっているアパートを見つけた。かなり大きな建物なのに、4軒分の玄関ドアしかない。しかも今、住んでいるのは東側の1階と西側の2階の部屋のみなので、騒音問題も皆無じゃねえか、羨ましいなぁと思った。

 

「引っ越しかあ」

 

引越しをするとなったら、どんな家具がいいだろうか?大きなテレビを買って、ソファを買ってということを考えるのは好きだ。到底買えるような価格ではない車のパンフレットをもらってきて、オプションはどれにしようか?なんて考えるのと一緒だ。

夢は夢だからいいのかもしれない。空き部屋の窓から、中が少し見えた。クローゼットやトイレのドアは開かれており、カーテンは汚れている。ここにどんな人が住んでいたのだろうか。幸せな生活だったのか、それとも不幸せな苦しい生活だったのか。

この残された光景から図り知ることはできない。きっと家を建てて、引っ越したのだろうとポジティブな結末だけを考えたい。

 

空を見上げた。家を出たときと全く同じ。どんよりと曇っている。何も変わってない。何も変化がない。時が止まったかのように、自分だけには何の未来もない。でも先週無事に一歳年齢を重ねたはずだから、老化はしているのだろう。何も手に入れられないまま歳だけ取っていくのか。最悪だな。

さっき買ったジュースを飲む。

 

「まっず」

 

コンビニでこんなまずいジュース売らないでよ。

 

部屋の前まで来て、また空を見上げる。何かにすがるように。

やっぱり外の天気は曇り。僕の心と同じようだ。つい数日前までは土砂降りだったから、少しは天候も僕の心も回復したのかもしれないけど。

 

玄関のドアノブに手をかける。あのときの記憶が一瞬にして蘇ってくる。

 

あのカレー屋に一緒に行ったことや、神社で結婚式なんかいいよねと言ってたことや、子供ができたら近所で一番に補助輪なしでチャリに乗れる子供を育てると息巻いていた姿を。

 

そうだ、自分はちょっと婚約者にフラれただけだ。

 

やっと見つけた運命の人と思ってて。両親にも紹介して。一緒に住む部屋まで決めて。家具も家電もこれにしようねって決めて。いざ部屋の契約をしようと約束していた日(自分の誕生日)の前日に別れを告げられた。理由もよくわからないまま「無理」と言われた。

 

すぐに親に「フラれた」とメールをしていた自分にも驚くけど、きっとあまりにも衝撃すぎて、考えることをやめてしまっていたのかもしれない。

 

不動産屋に断りの電話を入れた自分の身にもなって欲しいとつくづく思ったが、これが現実だ。

散歩くらいで気分が晴れるならいくらでもする。きっとこれは時間が解決してくれる。

 

母からは「きっとあなたに合う人がいる」と言われた。まぁそう言いたい気持ちもわかる。それしか言えないよな、ということも。

 

玄関の扉を開けると、わずか1時間くらいの外出なのに、部屋の空気はどんよりとしていた。

 

この部屋はすぐに出ていくことにした。

 

そういえば、不動産屋さんの話には続きがあって、契約の断りの電話のときに勢いで「やっぱり部屋、借りたいんです。一人で住む、良い物件ありませんか?」と聞いたら、同情されたのか「これはとっておきです」と言って、好条件の物件を紹介してくれた。

 

来月には少しでも新しい気持ちで生活を始められそうだ。

そうだ、新しい部屋に引っ越したら、また散歩をしよう。おいしいお店、おもしろそうなお店をたくさん見つけて人生を楽しもう。

 

きっとこれからいいことがある。

そうやって生きていくしかないんだから。

 

どうか、次の散歩の日は晴れますように。