いつも、それは突然だ。

会社は何を考えているのか。

そう思ってしまう。

 

まだ受け入れられないな。

 

でもそれが人生の転機になるなら、それでもいいのか。

良い方でね。

 

それはついさっきのことだった。

「ちょっといいか?」

 

上司に会議室へ呼び出された。

なにかしてしまったのか。

最初はそう思った。

 

「大変言いにくいんだが…転勤だ」

「…」

 

言葉にならなかった。

 

行きたくない。言えるのなら、そう伝えたかった。

断りたいのなら、退職するか、解雇されるかだ。

 

人生はなんて不公平なんだ。

そう思ってしまった。

 

まず思ったのは「あの子」のことだった。

今の支店で、知り合った5歳年下の彼女のことだ。

 

距離的には引っ越しが必要だ。

離れるのは、嫌だな。

そればかり考えていた。

 

定時で仕事を上がり、アパートに戻った。

さて、どうしようか。

仕事なんてどうでもいいな。

 

前の支店のときも彼女がいた。

でも今の支店に来る時、「一緒にきてほしい」と言ったら

 

「ごめんなさい」

と告げられた。

 

どうして?自分の何が悪かったのか?

しばらく仕事が手につかなかった。

 

2年が経った頃、今の支店に彼女が配属されてきた。

明るくて元気のいい子だった。

でも自分とは縁がないんだろうなぁ。

 

職場の飲み会で隣になったとき、少し話をした。

好きな音楽や映画が一緒なことがわかった。

2ヶ月後、思い切って告白した。

 

「ありがとう」

そう言ってくれた。

それから一年。

今日を迎えた。

 

人生の転機になると思った。

これでダメなら、もう女性のことはあきらめよう。

きっとそういう運命なんだ。

今日、彼女は家の用事があるらしく、有給をとっていた。

 

やることは、ひとつ。

 

運がいいのか、悪いのか。

メールで伝えるのも気が引けた。

 

次の日、彼女と職場で会った時「あ」という顔をされた。

もう知っているらしいな。

でも何を話せばいいのかわからない。

 

必死の作り笑顔で「おはよう」と言った。

彼女は「…聞いた」とだけ答えた。

すぐに自席へ戻り、仕事が始まった。

 

どうしても伝えたいことがあった。

 

休憩中にメールを送った。

「話したいことがあるんだ。今日、時間作れない?」

すぐに「わかった」とだけ返信があった。

 

昨日のうちに、レストランを予約しておいた。

といっても、いつもの居酒屋より「少し良い」くらいの場所だけど。

 

お酒を飲んで、今日あったことを話しているうちに彼女が言った。

「転勤だね」

「…うん。引っ越しになる」

「そっか…」

 

しばしの沈黙。

 

「なぁ、もう今日はそろそろ出ないか?」

え?という顔をされたが、彼女は「うん」とだけ言った。

 

店を出てゆっくり歩いた。

駅までは5分ほどだ。

 

何を話せばいいのだろう。心臓が口から出てきそうだ。

ついに駅の前まで来た時、やっぱりダメだと思った。

そのとき、

 

「ねえ、話ってなに?」

彼女が立ち止まった。

 

「話したいこと、あったんじゃないの?」

少し寂しそうな顔をしている。

その顔を見て、自分も同じような顔になってしまった。

 

泣きそうだ。

 

「うん。あのさ」

「うん」

「結婚、してください」

 

少し驚いた顔をしていたが、彼女はすぐに口を押さえて

うつむいてしまった。

 

その間、自分は何も言えずに彼女を見ているだけだ。

 

そして。

 

「うん」

と言った。

 

「やった」

小さくガッツポーズ。

思わず空を見上げた。

 

「だって、いきなりなんだもん」

まだ口を押さえている。

「どうしても伝えたかったんだ。でも伝えるタイミングがわからなくて、結局お店も出てしまった」

「私、本当はそうなんじゃないかなって思ってた。でもお店出ようって言うから、あれ、違うのかなって…」

「ごめんね、でもありがとう」

優しく彼女を抱きしめた。

 

彼女越しに駅に向かって歩く人の波が目に入った。

ここが繁華街の路上だっていうことを忘れていた。

 

ちょっと気まずかったが、そのまま抱きしめた。

「指輪とか、ないの?」

「ごめん、間に合わなかった」

「うーん、まぁいいけど…」

彼女も僕に抱きついてきた。

ものすごく、強く。

 

こんなドラマみたいなプロポーズ、絶対に成功しないと思ってた。

でも、やるだけやってみないと、とも思っていた。

 

神様がついに微笑んだ。

 

「すっごい高い指輪、買ってね」

「…2億くらい?」

「そんなにお金持ちだったの?知らなかった」

 

涙で僕のコートがぐしゃぐしゃになってしまった。

「あーもう、ごめん」

鼻をすすりながら、彼女は言った。

 

「なにが?」

気づかないふりをして、僕は笑った。

 

おわり。