うちの子どもは遊びも運動もですが

勉強も大好きです

習い事も自ら望んで
行ってます

その様子を聞いて

「本当に自分から勉強が好きなんて言うの?」

と不思議に思ってたお母さんたちも

「ぼく、ソロバン楽しくって 
 他の習い事も辞めたくないのー♪」

と目の前で質問に答えた子供を見て
口を開けてました

「本当に、好きなんだね~・・・、いいねぇ」

と、言われましたが
嫌がってたら行く必要ありません(笑


私たち大人が、趣味で何か習ってるのと一緒です

ヨガ、テニス、料理教室、
自己啓発、外国語、ダンス教室とかと
一緒です


何かを学んだり習得したり上達するのって
楽しいものです


楽しいところを見つけてしまえば
勝手にやりたくなります


自分が趣味に没頭してる時も同じはずなのです

どこか楽しい部分を見つけたら
そこからドンドン楽しさが広がっていくだけ


面白いものだから、時間を忘れてしまうので

周りから見たら「大変ねー」「すごいねー」

となりますが

楽しんでる本人は、大変でも凄くも無く

え?もうそんな時間??

って、体感時間は短く感じるものです


勉強はつまらないもの・・なんて
初めに決めつけたのは
もしくはその原因を与えたのは

大人なのではないかな。。


例えば、寝る前に一緒に絵本を読むとか
夜の星を眺めて星座と神話の話をするとか


わくわくするものですし

そんなところから
始まるものです


あ、あと

子供がちょっと何かを知ってたり
感心するところがあったら

褒めるといいです


えっ!!そんな事知ってるの?
まるで、星座博士だね!!

とか


あれ、上手に音読出来る様になったね
あんまり上手だから、もっと聞きたくなっちゃった

とか(笑


うちの子は、これだけで
もう得意になって

やってあげるよ!!と


毎晩、私に読み聞かせて
寝かしつけてくれるようになりました(笑













素直に聞く耳を持つ

そういう子は、すっと伸びます

先日、子供達に習字のアドバイスをしてきましたが

ほんの些細なアドバイスを
子どもは素直に聞いて即実行するので

こちらが本当に驚いてしまう程

次の瞬間から
メチャクチャ字が上達してます

まさか!!と思うほど

バランスが整ったり
字に勢いが出たり

そして次のアドバイスを望んでくれます

自分でも実感してるのです
あ!!僕、上手くなってる!!と

その上達を私と2人で喜んでいるので

どんどん伸びます

十何人いたのに
殆どの子が

たった2時間程度で
凄い上達を見せてました


我が子も

何事も、すっと伸びるのを見てます


素直に聞く耳と心を持った時の

人の成長は目覚しいものです


大人でも同じでしょうが

曇のない目の子供たちは

本当に早くて素晴らしい




















ここ数日

難問が怒涛の様にやって来ます


あ~ぁ・・・・と

うっかりした一瞬、
目の前の事の大きさや多さに

待ってましたとばかりに
思考がやんやと騒ぎ出し
心がザワザワと動き出し

うっかり自責をしたくなったりします(笑

が、それはほとほとうっかり行為と解ってるので


ひと呼吸おいて


たった一つのそれだけを感じようとします


そして、全てを目の前のただ一つの作業に
集中します


怖がる必要も無く

不安に思う必要も無く

悩む必要も無い事を知っています


それらは全く不毛なのです


頭は勝手に働くし
心もそれに瞬時に付随して動くけど


それは、大気に風が流れる様に
自然の事であり、自然の流れの一つなので

放っておくと


あら、、、不思議


ものの見事に

収まっているのです


特大の台風は何処に?と


何度も何度も

毎日まいにち

何度経験しても


これには全く

驚きの繰り返しです(笑



我が子の大好物は

キュウリにお塩を振ったものです

ヒマラヤ岩塩を使ってるのですが
硫黄の香りが嫌いな人には苦手かもしれないけど

これが温泉卵の様な風味で
美味しいお塩なんです

それを洗ったキュウリにふりかけるだけ

これがおやつです(笑

ニンジンを塩を振ってそのまま食べるとか

さつま芋とかりんごとか煮干とか

今時、動物園の動物さんと変わらないおやつかもしれないけど(笑

とにかく大好き


味噌汁も大好き

お味噌も麹菌が生きてるものを買ってるんですが

実に美味しいんです


ちなみに醤油もたまり醤油がすごく美味しい


野菜のそのままの旨み

発酵した菌が生きている旨み


食べ物も、食べ物と共に生きている微生物も

本当に、私たちは命を頂いて生きていると

そういうダイレクトなそのものを食すと
ありありと感じます


その食べ物、生き物、

作ってくださった方

売ってくださった方

生きとし生けるもの全てに

感謝ですね


それで

頂きます


と言うのでしょうかね

















言葉には意味が有り

ある物事を指しますが

それそのものを表現しきる事は
なかなか出来ません


だからと言って

言葉をどう扱ってもいいかと言うと
それも個人的には異なるんだなぁ


時々、気持ち悪さを感じる時があります
あくまで個人的な気持ちになった時の話ですが


そう言う言葉を選ぶの事もあるのね
そう言う意味を選ぶ事もあるのね
そう言う略語で気持ちを伝える事もあるのね


大まかに見れば

何を言われても
どうぞご自由にです(笑


気持ち悪さを感じたことは
自らはしないでいようと思うくらいです


しかし、とある略語に
何故違を感じたのだろう・・

と自問してみる


何というか


歌も 川の流れも 山の涼やかさも 海の心地よい音も

そして 言葉も


綺麗なものに

命の息吹の様な

素晴らしさを感じるものです

頭じゃなくて、全身で


違和感は、それがすっぽり抜けてしまった
感覚からきたのかもしれません


略語などは、便利・ラク・フレンドリー・
その時代の流行りなどの利点と発展性も
あるのかもしれませんが

言葉によっては、そうした事により


何か大切なものが欠けてしまった様な・・
感覚を感じなくなって

むしろ

違和感が残ったものがあったりします



考えが古いと言われたけどね(笑


私は感じてしまう大切なものは

ずらす事が出来ないんですね~(笑


だからこのブログも

時折り、今日あった事とか書いちゃったりしたいんだけど

そんな事を始めると

必ず

何か手違いをして

書いた記事が全部消えるんですね~(笑
























私たちはいつの間にやら
私とはこんなものだと

私と言う枠を作って、信じて
小さな自分の中で生きています

私と言う母親の務めは

生活の中で出来てしまう
常識らしき誰かの視点と

ミクロの世界を真実と思い込み
信じて入ってしまった自分の視点に

あなたとは、そんなものではないよ
もっともっと素晴らしいものなんだよ

と、いつも側で伝えていく事と感じてます
それは、言葉に出すとは限らず
態度に出すとは限らず

子供が行ったり来たりしても
私は変わらずそうであればいいのです

私と言う妻の勤めも
同じです

彼らは本当に素晴らしいのです

私たちは、いろいろ迷い、考え、遠回りし
時折りそれを感じて、ままズレて生きてしまうものです

だけど彼らがどれほどそうしようと

私はいつも伝えます

あなたは本当に素晴らしいよ


彼らは、本当に目覚しい事を成し遂げています

周りに驚かれ喜ばれ求められ


そんな宝の様な人たちを

宝として輝きを出せる事を

そっといつも願い行動するだけの

平々凡々な

私という勤めは

ありがたいものです










我が家の家族は

お互いがしばらく遠くに離れている時も

コンタクトを取れていない時も

面白い様に

同じ様な体験をしていたり

思いをしていたりします


身体的にも

具体的に起こる事でも

その時与えれてる課題でも


形は違えど

「お、まただ」

と言う言葉が出る程

同じ種類の境遇にあったりします


今も、同じ様な課題が見えてます

一見全く形も質も違うけど、本質は同じ


子供でも親でも夫婦でも

繋がってることに気づくと

面白い様に

違うものではないと言う事が

見えてきます



飾らなくていい

無理をしなくていい

ありのままであればいい

呼吸をして

この空気を感じて

出てくるものを

綴る


ありのままの

思いを描く


ありのままの

行動をする


一度、望みました

笑顔の道を


しかし、あとは全て

お任せします

結果も

道中も


いつも

想いを馳せるものは

ただ一つ


どう伝えていいか解らないほど

感謝しているのです

想っているのです


ありがとうございます
今日は、子供の学校の書初めボランティアに行ってきました。

クラスの女子は先生が、男子は私が援助や指導をする役です。

同じクラスの友達の子が
お母さんに書初めの様子を報告したらしく
「大変だったねー」と言う内容のメールが来ました。

私は、始終楽しかったので
一体何が大変だったのか解りません(笑

本当に、子供と直接触れ合って何かするのは
楽しい事です
どの子も、ほんっと可愛い!!

まだ、小3なのでしっかりしてきた様で
作業や時間配分がおぼつかず
援助する事が多かったので

一人一人と長くお話する事は出来ませんが
(そもそも授業中ですし(笑))
それでも字を書きながら、字のバランスを一緒に考えたり
上手になってる事を一緒に喜んだりしてるうちに
全員とそれなりに関わることが出来、
みんな打ち解けて家の話や自分の話をしてくれてました

今日、その書初めの時間に
同じ質問を親と子で別々に受けてました。


「ねぇ、○○君のお母さんは
 ○○君に、家でキビシイ??」

私は、ふいに聞かれ

「ううん、全然厳しくないよ。」

と答えました。
学校で今、皆にしている態度と家での差はほぼ有りません。

(しかし、違う意味で息子は
 遥かに厳しい育ち方をしてるかもしれませんが(笑))

「いいな~~、ぼくんちのお母さん厳しいんだよな~
 いいな~、○○君の家は・・・はぁ・・・・」


これを聞いて、笑顔で見てましたが
すぐに他の子の習字の手助けに向かったので
一言残して、会話の時間はもてませんでした

そして、息子も家に帰り
「○○君のお母さんて、キビシくないの?」

と、隣で書き初めをしていたお友達に聞かれたそうです。

「うん、ぜーんぜん。優しいよ」

と答えたら、顔がビックリしてたそうで
私が帰ってから

「本当に、優しかったね」

と言ってたそうです(笑


以前、校外学習で子供と行動を共にした時も
同じ様な事を子供たちが言ってたのを
思い出しました。

幼稚園の遠足時に補助としてついて行った時も
そうです。

「お母さんって、キビシイ生き物だ」

とどこか思い込んでしまったのかもしれません
その子の中で、それが常識化してしまってます

だから、

「え?君のお母さん、キビシクないの?嘘でしょ?」
って自分の常識と違うとビックリなのでしょう


お母さんの子供への愛情と言ったら
どのお母さんも表現できない程でしょうに

一番大切なことが
伝わりにくいこともあるものです


私は、その子に時間がないのでこう答えてました

「うん、キビシクないよ。
 子供にキビシクできるほど
 私がしっかりしたお母さんじゃぁないんだ(笑」

















昨年のアンケート調査で

「学生の頃、もっとやっておけば良かった事は何?」

というのを見ました。
あなたなら、どう思うでしょうか?

その、一番多かった答えは

「勉強」

でした。
なるほど、納得な結果です。


最も勉強するのに適した
時間の使い方や環境が整ってる時です

しかし、その時は
当たり前に与えられていて
その素晴らしさにしっかり気づけません

今、思えば
なんて貴重な時だったのだろうと思える人も
多かったのでしょう


さて、このアンケートと同様に
10年、20年後の私に

「10~20年前の私が
 もっとやっておけば良かったと思うことって何?」

と聞いたら、何て答えるでしょうね。


同じように、何か今の素晴らしさを
当たり前に感じて
見過ごしているかもしれません


更に、人生の終りを迎える時には
嫌でも口から出てしまうかもしれませんよね


「あ~、もっと○○をやっておけば良かったー」
「あ~、もっと○○しておきたかったー」
「あ~、もういっかい○○したいなー」

なんて

シャレにならないけど


私はいっぱい聞いたものですよ