みんなで歌おう、声高らかに。
希望という名の声で、
平和という名の歌を。
もう二度と、この喜びを忘れないように。
もう二度と、争わないことを誓って・・・
悲しむことはもうないんだ。
悲しみも、孤独も、
すべては僕たちの思い出に返る。
だからみんなで歌い合おう。
なにも恐れなくていい。
ただ、喜びに浸るだけでいい。
だから、
その両腕で、愛をいっぱい抱きしめよう。
その喜びを、世界のみんなで分かち合おう。
僕たちの光り輝いた姿を、
この美しい星の輝きを、
世界のみんなに知らせよう。
僕たちのこの素晴らしい歌を、
この素晴らしい声を、
世界中に響かせるんだ
家の近所に、 「 青葉神社 」 という、
伊達政宗公を祀った神社があるのですが、
この神社、
〝 地球の平和を祈る聖地
〟
という名が付いていることに、今日初めて気が付きました!!!
青葉神社と和龍
2008年に仙台出身の画家さんより、世の平穏を願った書画「和龍」が奉納されました。
御祭神である武振彦命(伊達政宗公)の御心である世の平穏の思いと一致し、日本人の和の精神を広く伝えていく為、御守やのぼり等に正式に採用致しました。
以後、神社の社務の傍ら、異文化交流を通じて、世界の主要政府機関や学校、教会、寺院、神社等に和龍の御守り等を寄贈をし、国籍や宗派を超えて受け入れられております。
歴史的な視点で見ても、緋の丸は歴代の伊達家当主の幟に用いられ、また龍も伊達政宗公由来の史料に数多く見られます。
慶長遣欧使節が大航海時代におけるスペイン・ポルトガルからの植民地支配の手を、仙台藩の文化力・政治力の高さを示すことで中止させ、結果として天下泰平と世界平和につないだことが、再評価されています。
それと、「和龍」の口の部分をご覧ください。分かりにくいですが、『和龍の手には、地球が握られており、神が世界平和を願っている』様子が表現されています。
和の精神は慈しみの気持ちです。他者に対しても、大自然に対してもそうです。
いろいろなものを尊重するからこそ、自分のことも尊重できる。だから調和をとろうとします。
皆のために何ができるかを考える。それが日本人であり、和の精神です。
一人でも多くの方々と平和の心を共有させて頂きたいと願っております。
オオィッ!
まんまこの活動の主旨やん!
何で気付かなかったんだッ
10年以上、参拝して来たのに・・・(゚Д゚)...
世界中どこにいったって、
すべての人たちが、
自分の価値をしっかりと、
心に抱く時が来る日まで、
私は祈ることをやめません・・・
世界中どこを見渡してみても、
すべての人たちが、
ときめきに瞳を輝かせて、
生きる時が来る日まで、
私は祈ることをやめません・・・
必ずすべての人たちの、
祈りが響く時が来る・・・
世界中のすべての祈りが、
響き合う時が来る・・・
その素晴らしい光景を、
確かにこの目で確認するまで、
私は祈ることをやめません
私たちが行うことは、
感謝の想いを強めること。
平和の想いを強めること。
愛の心を広げて生きること。
和の心を広げて祈ること・・・
その想いは光となって、
この星の黒雲を清め去り、
過去の世界を清め去る。
そんな〝 ひとりひとり 〟の想いが、
新しい世界を現す、
大きな力になるんです。
想いを向けるなら平和の方に、
あなたの祈りが、
この星を救い、
未来を救う、大きな力になるんです
日本人には、
日本人に合った生き方があります
それが、西洋の文化・思想が入ってきて、
それに敗戦しちゃったもんだから、
愛国心も、国の教育も、みんなすっぽ抜かれちゃって、
自分たちがどんな民族なのか、
どんな天命を持った国なのか、分からなくなっていってしまった
日本人には、やはりデモは似合わないですね
地球世界の波長が、文明文化が、
もうそういう二元対立や、個人の主義主張を超えたところにまで、
進んできているから
どうすればいいのでしょうね
日本人の心を、本来の姿に還したいのですが、
どうすれば、立ち還ってくれるのだろう
平和の心に、立ち還ってくれるのだろう
今、世界に必要なのは、
日本人の持つ、世界の平和を求める心、
世界の平和を祈る〝 祈り心
なのに...
日本人が、
本来の姿に還るだけでいいんですよね
平和を愛する心
和を尊しとする心
そんな生き方に、本当に目覚めたら、
やがては肉体を守る本能さえ、超越してしまうのですよ(^^
日本人の天命ってのは、
精神文化を花開かせること
世界に先駆けて、
人間の〝 神性
〟を発揮していく人たちが、
日本人なんですね








どうしても必然的に世界平和へ向う智慧や方法は、
日本から生れてくるようになっているのです
天の心かく在り 日本の心 より