光の写真展 in 長野
10月18日~22日 松本市美術館 10~17時(最終日~15時)
光の写真展 in 愛知 11月14日~26日 豊田市美術館
光の写真展 in 札幌 12月20日~22日 札幌市民ギャラリー
私はここ百年、二百年間のことより永遠の生命をつねに見つめ考えている。
百年、二百年のことは大体決まっているようなもので、
それが地に現われてくるのである。
だから、目先のことに一喜一憂することはないのだ。
一喜一憂しなくなると、脚下照顧となって、
一日一日が大切になってくるのである
如是我聞 より
私はテレビは観ないから、
テレビのニュースは、近所のスーパーのフードコートで、
流れているのを時たま目にするだけ
テレビのニュースを観て、
どう想いますか?
最近の話題は北朝鮮ですか?
偏向報道、イメージ操作、
煽る不安、
その裏で、利益を得ている人たちがいること
テレビは映像と音が一緒になって、
どんどん一方的に情報が飛び込んでくるから、
洗脳道具だとも言われています
使いようによっては
そう使われているんですね、昔からも、今は特に
小さなことを、さも大事そうに報道し、
人々の意識を〝 そこ 〟に向けさせる
本当に大切なことは一割も伝えていない
おおまかな話題を得たら、
直ぐにチャンネルを変えて、
気になったらネットで調べてみるのもいいけれど、
もはや〝 そんなこと 〟に意識を向けるよりも、
〝 平和のエネルギー
〟に、
意識のチャンネルを合わせて一日一日を生きていく方が、
よっぽどその人のために、
この国のために、世界のためになる生き方かと想います
マザー・テレサが、
〝 私は平和運動には参加するが、反戦運動には参加しません
〟と、
〝 戦争 〟に意識のエネルギーを向けなかったように、
戦争の問題に意識を向けている限りは、
戦争はなくなりません
平和だ平和だと、
騒ぎ立てる人たちがいますが、
自分の心の中に、
〝 敵 〟と想えるものがある以上は、
真の平和も、真の平和活動もないわけで、
まずは自分の中から、
人を責める気持ち、自分を責める気持ち、
批判する気持ち、否定する気持ちをなくさなければ、
その人も、その人の周りも、その人が住んでいる世界も平和にはなりません
今日一日、
調和した、穏やかな気持ちで生きていけたかな、
想いを汚さないで、命を汚さないで、
精一杯生きていけたかな
〝 和
〟を大切にできたかな
〝 我 〟を通そうとしていなかったかな
心の中から、
〝 平和のエネルギー
〟が発せられて生きていけたかな
その心境から、
やりたいと想ったことはやった方がいいし、
しかしそれは、
自分でやるというよりも、
〝 天
〟にやらせられてしまうことなんだから
そういう所から、
この世界のための〝 真の活動
〟が開けてくる
世界を平和にしよう、この国を平和にしようとするならば、
まずは自分の心を平和にすること
そのために平和の祈りがあるのです
そしてこの世界は、
人の想いが〝 形 〟となって現れた世界なのだから、
平和を願い、平和の祈りの中で生きている、
〝 神我一体
〟の人たちが多くなればなるほど、
この世界に地上天国が開けてくるのです
世界が平和でありますように