〝



人間の本質ってのは、
〝


それは命の源〝



だから生命が開いている人ってのは、
自他一体感、
神我一体感で生きている

〝







けれどこの世界ってのはまだ、
〝 本心
〟が現れていない世界だから、
みんなバラバラなことを想っています
完成された世界ってのは、
バラバラじゃないんですね
この肉体を観てもそうでしょう?
何兆っていう細胞の一つ一つが、
ちゃんと調和して働いています
この宇宙だってそうでしょう?
星々や銀河が調和の元に動いている
全くもって神業ですよ
その統制が取れた世界の中で、
人間の想いだけがバラバラに動いているんです
それは〝 元
〟がわかっていないからなんですね
私たちがどこから生まれて、
どこに還っていくのか
神様っていうと語弊があるから、
〝 大生命
〟とか、
私は〝 ソース( source )
〟って言っているけれど
神道では、天之御中主大神
だからこの〝 繋がり
〟を想い出させようとして、
お釈迦様は〝 座禅観法
〟を教えたり、
イエスはその身を十字架に捧げた
この体ってのは、
縦( 天と地 )と、横( 人と人 )との、
十字の中心にあるものなんだよって、
その身をもって教えてくれたんですね
老子は〝 生命のままに行け
〟って最初から言ってる
まぁあの人は最初から霊人だったから
肉体人間として生まれてないからね
だから、〝 人の本質
〟を先に現した、
昔の聖賢たちは、
みんなそうなる方法や生き方を伝えてきたんです
肉体が自分じゃないんだよ
想いや感情も、
あなたの前を通り過ぎていくだけのものなんだよ
みんな生かされている命なんだから、
その〝 命
〟の方に任せてくれたらいいんだよ
〝 自然
〟のままに、任せてくれたらいいんだよ
みんなその自然の法則の方に、
乗せよう乗せよう、
人の本質を伝えよう、人の生き方を伝えようって、
その身を捧げて生きてきたんです
今の時代ってのは、
一人一人の〝 生命
〟が花開く時でして、
非常にこの肉体も繊細になってきています
今までは生命を覆う、分厚い殻だったこの肉体も、
非常に薄く〝 精妙なエネルギー体
〟になってきています
だから一人一人の意識も軽くなってきた
生活も便利で楽になってきた
ただそれだけに、
私たちが何を〝 元
〟にして生きているのか、
どこから生まれてどこに還っていくのか、
何に生かされているのか
〝 何に繋がって生きているのか
〟ってのを、
再確認してもらわないと、
いつまでもこの世界は、
バラバラな人間たちの住む、バラバラな世界のままなんですね
そんな世界いやでしょう?
右を見ても自分のことしか考えていない人間ばかり、
左を見ても自分の家族のことしか考えていない人間ばかり、
そんな世界になりかかっています
ここでじゃあもう一度再確認して、
肉体が自分だとみんな想っているけれど、
じゃあこの心臓を動かしているのはあなたなの?
肺は自分が動かしているの?
違うでしょう?
どこからどこまで、あなたが管理しているの?
この世界は人間が管理しているの?
空気は誰が作ったの?
森や海は?山は?空は?星は?宇宙は、
一体誰が作ったの?
人間が作ったの?
人間のものなの?自分のものなの?
どこからどこまでも、
人間の自分勝手にしていいものなどないわけです
命に生かされている
〝 大生命
〟に生かされている
その〝 命
〟ってのは、
何に向かって動いているの?
この〝 世界の法則
〟は、
何に向かって動いている?
調和だ
電子や原子の働きも、
電気や引力とかの法則も、
また人間の体も、自然のシステムも、
みんな〝 調和
〟に向かって動いている
だから人間の意識も、
この社会の意識も、
その法則の方に意識を据えて生きていって下されば、
この世界に不調和はなくなってしまう
それが地球世界の完成になるわけです
そういうことを簡潔に祈りことばで、
世界が平和でありますようにと祈って、
私たちは生きているわけです
そういう意識が根底にあって、
一人一人の個性や、
新しい社会も花開いていくんです