シーンⅡ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 古代 ・ パート2
しあわせ?
しあわせよ。
きみはかすかに微笑んだ。
人のいのちって、
はかなく消えてゆく泡みたいね。
ぼくは何も答えなかった。
きみがささやいた。
でも、あなただけには生き延びてほしかった。
これでいいんだ。
一緒でいいんだ。
きみはふと壁の上方にある小さな窓に目をとめた。
黒い大きな蝶がとまった。
蝶はほんの数分、羽を休めていたが、
やがてどこかへと飛んでいった。
蝶はどんなに短いいのちでも、
限りなく自由なのね。
ぼくは何も言えなかった。
きみはささやいた。
人のこころもいつか、
あんなふうに自由になれたらいいのに
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次の朝、
牢の中にいた全員がどこかで一緒に処刑されたらしい。
誰もいなくなった牢の壁の上では、
無数の蝶が空に向かって羽ばたいていた。
やがてその国は外から攻めてきた別の国の軍隊によって占領され、
牢も跡形もなく取り壊された。
何千年もの間、
その壁は無数の蝶がどこかへと飛び立とうとしている絵を残したまま、
深い土の下に埋もれていた。
いくつかの時代を経て、
ある日まったくの偶然で発掘されるまで
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シーンⅢ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 現代 ・ パート1
きみはある博物館の古代展に入っていった。
本当は併設されている美術館の、
ある絵画展に足を運んだのだが、
それはちょっと期待はずれだった。
そこで隣の建物のあまり多く宣伝もされていなかった古代展をふと覗いてみる気になったのだ。
無数の蝶が旅立とうとしている絵が残っている石の壁に目がとまった。
きみは引き寄せられるようにその壁のそばへ行き、
それを見つめた。
その壁には、
囚人が牢の壁に描いたものらしい、
という説明が付されていた。
その石の壁の数千の蝶の絵の中の、
あるふたつのよりそった蝶を見つけた。
なぜか涙がとまらなくなった
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古代から現代まで、
ヒトは同じことを繰り返していると思った
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きみはその前の日の夜、
恋人と大きないさかいをしていた
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( もう口もきかないと思っていたのに・・・・・・ )
無数の蝶の中のよりそった小さなふたつの蝶
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その話を無性に恋人にしたくなった
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( 絶対に別れてやろうと思っていたのに・・・・・・ )
美術館を出ると、
きみは昼下がりの公園の木陰のベンチに腰を下ろした
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きみは携帯電話を出すと、
数時間前まで、
もう跡形もなく消してしまおうと思っていた恋人の番号をプッシュした
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その恋人がぼくだった
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いつのまにかどこからともなく現れた一羽の黒い蝶が、
携帯電話をかけているきみの肩にとまった
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蝶はきみの携帯電話が相手に通じて、
きみが話しはじめるのを確認したかのように、
どこかへヒラヒラと飛んでいった
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きみは蝶が肩にとまっていたことには、
まったく気づかなかった
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いくつもの文明が生まれては滅んだ
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同じサイクルをヒトは何度も繰り返した
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そして、
加速度的に増えつづけるカルマは、
ある時点で飽和点を迎える
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自分たちは一体何をしてきたのか、
ヒトはある時点から自問自答をしだした
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誰もが家族のしあわせを祈っているのではなかったか
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誰もが世界の平和を祈っているのではなかったか
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誰もが地上にユートピアを築きたいと思って生まれてきたのではなかったか
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ヒトが本来の自分自身の姿に気づきだすときがきっと来る
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すべての孤独が、
すべての悲しみが、
ひとつ、
またひとつ消えていく
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ある転生で殺しあった魂たちが、
次の転生では一緒に砂漠に木を植えていった
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世界を敵にまわした魂たちが、
次の転生では世界を結びつけていった
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地球に集まったすべての魂たちが、
お互いの魂の旅を称(たた)えあい、
祝福しあうときが来たのだ
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地上にいる魂たちも、
それを見守る魂たちも
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ヒトだけでなく、
すべてのいのちが喜びを分かちあった
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誰もがこの日が来るのを待っていた
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誰もがこの日が来ることをかたく信じていた
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それでも何度もくじけそうになった
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何度も自信が揺らいだ
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実際、
何度も文明が生まれては消えた
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しかし、
最後のひとりにいたるまで、
ヒトがこの日が来るのを純粋に信じることができたとき、
ヒトのこの星での〝
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