「ん…ここは…」
起き上がると、そこは慣れ親しんだ学校の廊下であった。
一つだけ慣れ親しむ事が出来ないのは、闇夜であるという事だ。校内は人の気配は感じられず、ところどころ、ではなく、全体的に暗闇が存在している。
俺は立ち上がり、近くにあった蛍光灯のスイッチを切り替える。
…点かない、乱雑に、狂ったようにスイッチを激しく切り替えるが、蛍光灯が点く気配は感じられなかった。
俺は蛍光灯を諦め、そのまま校内を歩き回る事にした。



今、俺がやっているのは、学校の七不思議、というありきたりな怪談話を実行に移していた。「丑三つ時に学校のトイレで花子さん」とか、「丑三つ時にプールに飛び込むとワープ」とか、信じられないものばかりが七不思議として語り継がれていた。
だが、いい加減七不思議も廃れている時代である。いつかはこの下らない怪談話も消えていくと考えると、もの悲しくなってしまったのだ。友人も誘ったが、友人は七不思議の存在すら知らなかった。七不思議の廃れの象徴である。
というわけで、俺はどんどん七不思議を解明していく事にした。手始めに、丑三つ時に三階女子トイレで花子さんを呼んだり、丑三つ時にプールに飛び込んだりしたが、別に赤スカートの少女が現れたり、プールから琵琶湖にワープできたり、という事は無かった。
七不思議のほとんどには、対処方法というモノが存在しない事が多い。対処方法が無いことで、「行ったら、死ぬ」という危機感が好奇心を抑えつけてしまうのだろう。禁忌を冒す快感などはもちろん存在しない、一時の快感と命を天秤にかけたならば、正常なヒトならば命を選ぶ事だろう。つまりは、解明する人物が元々存在し得ないから、七不思議は不気味さを纏い続けたまま語り継がれていくのである。
俺はそんなモノには終止符を打ってやろうと考えたのだ。このまま古臭い怪談話が意味もなく、無情に語り継がれるくらいなら、いっそ解明してしまったほうが、七不思議の考案者も報われるだろう、と勝手に理由をこじつけて俺は七不思議を突破していった。
今はちょうど5つ目の怪談話に挑戦していたのだ。内容は、「魔界への鏡」という題から始まる。
この学校には、大鏡が一つある。購入した、記念で作った、かは定かではないが、年季の入った鏡だそうだ。学校内には倉庫が複数存在しているのだが、この大鏡はその倉庫を転々と移動していると言うのだ。

そして夕暮れ時に、鏡に触れると魔界に引き込まれる、という怪談だ。そこで俺は倉庫を駆け巡り、大鏡を見つけると、躊躇い無く鏡面に触れた。多少苛立ちも感じていたのだろう、大鏡の事を教師に聞いても知らない分からないの一点張り、倉庫も駆け巡って最後の倉庫だったという事から、疲れが苛立ちに変わるのもわけはないはずだ。
すると、吸い込まれる感覚を感じたのち、気を失ったかは分からないが、気が付いたら夜の校舎に居たという事だ。
しかし、ここが魔界だとは証明はされていない。ただ単に鏡に触ったら気を失って、見回りに来た教師に発見されて…いや、有り得ない。教師だったらまず起こすだろうし、こんな所に放置するはずは無いだろう。
そして、この「魔界への鏡」の内容には「引き込まれた場合の注意点」というモノがご丁寧に書かれていた。
項目一。見知った友人や教師が居ても気軽に話しかけない。その友人や教師はホンモノではなく、魔界の住人があなたの記憶から引き出した仮の姿である。たまに友好的な住人も居るが、基本的には話しかけないこと。
項目二。魔界の住人は獰猛で狡猾。あなたを襲うためなら、どんな手段を使ってでも襲いにくる。倒す手段は頭を潰すコト、それ以外の箇所は住人にとっては無傷同然である。
項目三。魔界には巡回の為に使役されている悪魔が廊下を巡回している。その姿は生首で、この悪魔も獰猛である。だが、頭脳はよろしく無く、たとえ前から生首が来ようと横切ろうと知らん顔すれば悪魔は住人と見間違うだろう。横切られた場合、絶対に振り返らない事。
項目四。この世界を探検しようとは思わない事。命の保証は無い。そして、長い時間魔界に居ると、現実世界へ戻れなくなる。出口を探す事を最優先すること。





「ここまでご親切に書かれてる七不思議も無いだろうな、ハハッ」
少し自嘲気味に、嘲笑ってみた。しかし、弱々しい笑い声など、圧倒的な静寂に包まれた闇に響く事無く消えていった。俺は未だにここが魔界とやらだとは思って無かった…いや、思いたく無かった。
とりあえず、項目四に従い、出口を探すべきだ。いや、探す必要も無いだろう、出口といえば玄関、生徒玄関である。いち早く玄関から出て、家に帰りたい。こんな不気味な場所には長居は無用である。第一、俺はオカルト好きなんかではなく、こんな怪談話も信じているクチでは無いのだ。
まずは、一刻も早く玄関へ向かうべきだ。





魔界、と言ってもおどろおどろしい雰囲気が立ち込め、腐臭と粉塵が舞うという、常人にはとても耐えきれない場所だと思い込んでいたが、どうやら勘違いだったようだ。雰囲気は夜の学校そのままである、花子さんやらをクリアした俺にとってはお茶の子さいさいな雰囲気ではある。特別に恐怖感を覚えるという事は無かった。
故に、生徒玄関までの道のりはあまり困難なものでは無かった。難があったとすれば、暗闇で足場が見えにくかったくらいだろう。
生徒玄関もやはり静寂に包まれていた。誰もおらず、何も聞こえない。下駄箱を見ても、極々普通の下駄箱、というか、見慣れた下駄箱である。
俺は玄関に近寄った、だが玄関のノブは鉄鎖で幾重にも幾重にも巻かれており、解くのは到底無理そうであった。もちろん、この学校の施錠の仕方はこんな粗雑で乱暴なやり方ではない。
他に出口と言えば裏口くらいしか無いが、おそらくそこもこの鉄鎖が巻かれているだろう。
………………。
考えていても仕方ない、と思った瞬間だった。
生徒玄関前の廊下に、あってはならないものが浮かんでいる。ふわふわと浮かんでいる生首は、何かを探しているようにキョロキョロと周りを見回している。そして何もないと分かると、スーッと西棟への方向に滑空していった。
生首。
首の断裂面が印象的だった、まるで力強くねじ切られたような疵痕だった。今更ながら、恐怖感が生まれてきていた。有り得ない出来事、そして出る事ができない、恐怖を煽るには最高級のイベントである。
幸い、腰が抜けたというわけでもない。まずは移動するべきだろうか。
……どこに?
手掛かりすら無いこの状況で、行動するのはあまり誉められた事ではない。しかし、ここに止まっていても、魔界に居すぎた事のデメリットが存在する。現実世界に戻れなくなる、という強烈なデメリット。
とりあえず、生首が移動していった西棟の反対の東棟に向かう事にした。

魔界の住人とやらも、まだ遭遇はしていないが、生首より危険性が高いというのは明らかである。こちらも油断は禁物である。




階段の踊場が月光に照らされ妖しく見えてしまう。それほどまでに恐怖感が感覚をおかしくしてしまっているのだ。
辺りに生首は居ないようだ。俺は足早に階段を駆け上がった。
そっと廊下を見るが、やはり生首の姿は無い。チャンスとばかりに、俺はB組の教室に走り込んだ。
教室には誰もいない。当たり前と言ったら当たり前なのだろうが。
俺は自分の席に座った。間違いなく、俺の椅子、そして机。机に書いた落書きだって健在だ。
少しは恐怖感が和らいだだろう。そんな気がした。



「吉水、お前、松島と何話してたんだよ、随分と仲良そうだったじゃん」
「まあ一応、幼なじみだし、仲良そうに見えるのはそっからじゃないかね」
「幼なじみかー良い響きだにゃー、俺なんか幼稚園の友達なんかほとんど引っ越したり別の学校行っちゃってるし、小学校の付き合いはお前くらいだ。で、何の話?」
「七不思議、だってさ。手伝ってほしいんだと」
「七不思議?んなのこの学校にあったのか?」
「俺も初耳。まあ俺はオカルトなんか興味無いし、断ってきた」
「…てめー、かなりのフラグぶち壊したな、あー妬ましい妬ましい。お前松島の事好きなクセに、よくそういうの断るよな」
「バッ…好きじゃねーよ、あんな奴。料理はへたくそだし、私服のセンスは無いし」
「殴りたい、ボコボコにしたい、てめーそれは贅沢な悩みと言うんだぞ、てか一発殴らせろ」
「なんだよ、佐倉だって彼女らしい子にいっぱい囲まれてるじゃないか」
「バカ、あれは彼女じゃなくて強請られてるんだよ。知ってるくせにてめー、堪忍袋の尾がカットされるぞ」
「冗談だよ、冗談。佐倉なら良い彼女ができるよ、柚木みたいな」


ガタッ


不審な物音のお陰で、つい数日前のやり取りが中断されてしまった事に、俺に苛立ちと恐怖感が生まれた。
物音がした方向に視線を向けると、そこには先ほどは居なかった人影があった。背丈はちょうど170くらい。佐倉みたいな背丈だな、とふと頭によぎった。
「…佐倉」
人影が振り返る。暗がりでよく見えないが、あのムカつく顔は佐倉だ、間違いない。
と、俺は大きな間違いを犯した、と気付いたのは、佐倉らしき何かが、奇声をあげて走り寄ってきた時だった。
「ぐぎゃぎゃけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ」
見たこともない形相で、佐倉は人間らしくない走り方でこちらに向かってくる。目の焦点は合っておらず、左右に分かれている。姿は佐倉だが、中身は全くの別物だということが容易に理解できた。
俺は椅子を持ち上げ、迫ってくる佐倉に投げつけた。佐倉は避けられず、容赦ない衝撃が佐倉を襲った。
「くそっ…どうすれば…」
そう考えているうちに、佐倉は何事も無かったかのように起き上がった。当たりどころが悪かったのか、前歯が数本折れて無くなっていた。
「くきっ、けはっ、ししししし」
佐倉は前歯が無くなってなお、俺に走り寄ってくる。もう手元には椅子はなく、机は容易に投げつけれる重さではない。今更逃げるのも、今となっては遅いだろう。
どうする、どうすれば…。
佐倉が迫る。
俺は、佐倉を引きつけて。
佐倉が襲いかかってくるところで、横に避け、佐倉の足を俺の足で引っかけた。
ガチュン、と生々しい音と堅い何かが砕けた音がした。佐倉は盛大に前に転び、頭を床にぶつけたのだ。佐倉の頭からどんどん海が生まれる。異臭が鼻をつき、不快感が生まれる。
しかし、友の姿を騙った化け物だというのは分かっているはずなのに、俺は友人の死に直面してしまったかのようで、とても陰鬱であった。しかも、殺したのは自分。自己嫌悪だった。
佐倉の身体がぴくりと動いた気がした。俺は机を持ち上げ、佐倉の頭に投げつけた。重々しい机が佐倉の頭に直撃し、頭が頭じゃ無くなったのを見て、更に自己嫌悪が増した。
なぜ、俺が佐倉を殺さなければならないんだ。
元はといえば、七不思議をやっていた松島雪枝、ユキが悪いんだ、ユキが、ユキが。



「アキくん、七不思議手伝ってよ」
「七不思議?いや、この学校にんなのあった?」
「あるんだよ!ほら、オカルト研究部の部誌に載ってるじゃん」
「オカルト研究部って、数年前に廃部になったとこだろ、なんでそんなの持ってるんだよ」
「図書室に置いてあったの。あーオカルト研究部入りたかったなー」
「ユキのオカルト好きにはこりごりしてるよ、怖がりのくせによくそんなの好きだな」
「こっ、怖がりじゃないもん、驚きやすい体質なの!で、手伝ってくれる?」
「パス、めんどい」
「ケチ」



そんなやり取りをしていた数日前、そして今。まったくの別物の風景。常識ある世界から非常識な世界に転じてしまったこの状況、発狂しないだけマシだと思いたいくらいだった。
そして、居ないユキを責めても仕方ないと思えるくらい冷静だと気付いた自分が、とても誇る事ができると、自画自賛していた。
ふと見ると、佐倉の姿はなく、赤い水たまりだけが物々しく自己存在を強調していた。
逃げ出した?いや、物音はしなかったし、赤い水たまりを引きずった形跡も無い。霧散したか、と思っておくのが一番だろう。変に警戒してもあまり得にはならない。
はてさて、ここが教室だったから良かったものの、廊下での遭遇はあまりにも危険だ。武器は無し、逃げるのもあまり得意ではない。つまりは、武器を探すべきなのだろう。
武器となるもの、頭部を一撃で砕けるようなモノ、取り回しが利くモノ、手に入りやすいモノ、というのがベストだろう。おそらくは金鎚、もしくはさすまたくらいは職員室にあるかもしれない。
俺は金鎚を調達するため、実習棟である西棟へ移動を開始した。



つづく

モリチカの店に着いたのはほぼ太陽が上りつつある朝であった。朝日が暖かく地上を照らし、人々の活動を促す。
マリサは私に別れを告げて魔法の森へ飛び去っていった。
私は店の扉を開けると、棚に商品を陳列しているモリチカがいた。もしかしたら晴れ晴れサイボーグになったのかもしれない、そうでなければこのモリチカの健康を証明するモノはない。
一方、ニトリはまた寝ていた。気持ちの良さそうな寝顔である。一晩かけてモリチカをサイボーグにしたのだろう、今はそっと寝かしてやる事にした。
「おかえり紫電」
「ああ、ただいまモリチカ。サイボーグ化おめでとう」
するとモリチカは唖然とした。私が何かおかしな言動をしただろうか?モリチカの表情は明らかに何が何だか理解できていない顔だ。
ああ、もしかして、改造された事を知らされていないのだろう。これなら合点がいく、わざわざ伝える必要もないしな。
「いや、やっぱりなんでもない。それより、これはなんだ、コンテナ…か?」
「昨晩にとりさんが作ってたんだ、僕は起こされなかったから良かったけどね」
うむ、よく寝れて健康なのか、サイボーグになって健康なのか判別できないな。とにかく、このコンテナらしきモノは新しい私の武装として判断しても構わないだろう。
そういえば、メンテナンスを頼みたいのだった。今回の出撃はかなりのダメージを負ってしまった為、内部のサスペンションや配線がイカレてないかを確かめてほしいのだ。
これほどまでにメンテナンスが重要で不可欠なのはあまり好ましい事ではない。ある程度の現地対応が不可能である限り、私は考慮して戦闘を行わなければならない。その考慮が足を引っ張っているのは容易に理解できる。
自己メンテナンス、もしくは自動修復が可能ならば、と思う。しかし、私の技術が伴わない為、自己修復はおろか、自己メンテナンスすら不可能であり、机上の空論と化していた。
なかなかにニトリは気持ちよさそうに寝息を立てているものだ、私のメンテナンスは当分先になりそうだ。
と、思った刹那、ニトリはガバッと上半身を起こし上げ、目を見開いた。その双眸に寝ぼけ眼などという文字は無い。ニトリは周りをぐるりと見回し、私の姿を捉えると、すぐさま詰め寄ってきた。
「紫電!待ってたよ!すごい待った!一晩待った!」
「分かった分かった、で、あのコンテナは何だ?」
私が謎のコンテナを指差すと、ニトリは胸を張って意気揚々と答えた。

「それはミサイルコンテナさ!小型ホーミングミサイルを40基搭載、そしてオプションとしてコンテナ側面部にSマインランチャーがついてるよ!」
「今回は特に火力が高い装備だな、どこに装備できるんだ?」
「脚のバーニア上部にに装着できるように作ったんだ、ほらこんな風に」
パチンという音と共にコンテナが脚に取り付けられた。ワンタッチでの取り外しは信用度が低いが、難癖をつけるわけにもいかないので黙っておいた。
試射、というわけにもいかないな。撃ったならばモリチカの店が勢い良く吹き飛んでいくであろう。
「よくこんなモノを一晩で作り上げられるな」
「構想は既に練ってあるからね。あとは形にするだけなんだけど、形にしたあとのモノの処理に困るし。だから紫電が居てくれて助かるっていうか、なんていうか」
「なるほどな、大変良く理解できた。とにかく、これからも頼む」
「合点承知!」
ニトリとの会話を終え、私はモリチカの方を向いた。モリチカは本を開き、中身をゆっくりと眺めている最中だった。
「モリチカ、レイムの神社は何処だ?」
モリチカは名を呼ばれると、本に栞を挟み、こちらを見た。
「霊夢の神社…ああ、博霊神社か。人里からずっと東に行った所にあるよ。レイムに何か用があるのかい?」
「妖怪退治のノウハウとやらを学びに行く。今の私じゃ妖怪に気絶程度のダメージしか与えられないからな、ならば妖怪退治の本職に学んだほうが良いだろう?」
「実に勉強熱心だね、魔理沙も見習ってほしいものだよ…」
モリチカは大きくため息をついた。まるでマリサの保護者のような振る舞いだ、きっと関係は複雑なのだろう。私が干渉する事でも無し、私はなかなかに急いでいるので、敢えて追求しない事にした。
「では行ってくる、またなモリチカ、ニトリ」
「ああ、行ってらっしゃい」
「またなー」
私はモリチカとニトリに別れを告げ、東の空に向かいバーニアを噴かした。





東の空は何故か感じる感覚が違っていた。幻想郷では無いような、まるで違う世界だ。外界の感覚、なのだろうか?とにかく、違和感だけは伝わった。
神社と言えば信仰であるが、参拝客の姿は上空から見る限り見当たらない、というか、道という道のほとんど畦道で、獣道と言ってもおかしくはなかった。よほどの信仰心を持った信奉者でなければ、こんな道を通ってまで参拝に訪れたくはないだろう。そして、そのよほどの信仰心を持った信奉者は居ないのが現実であった。

こんな悪条件が揃いに揃った場所に神社を建てる方が、むしろおかしいと言えるだろう。もしや、やる気が無いのか。
飛び続けていると、鳥居らしきモノが確認できた。そして段々と神社らしき建物が確認される。おそらく、博霊神社であろう。
私は博霊神社の鳥居を越えた石畳の上に着陸する。一応、神社の体裁は守られているようだが、とにかく人が見当たらない。見当たるのは吹き散らかされた落葉くらいだった。私は賽銭箱に歩み寄り、中身を見てみるが、小銭一つ見当たらない。見当たるのは蜘蛛の巣と埃くらいだった。
寂れている。一言で言えるくらい静寂に包まれていた。もしやここは別の空間なのか。
「あら、来ていたのね」
レイムが空から降り立った。巫女が留守にできるほどこの神社は寂れている事が証明された瞬間であった。
「用件は?…ま、分かっているんだけども」
「そういう事だ、手早くご教授願いたい」
「ほんっと、あんたは何をそう急いでいるのかしら。もうすぐ死ぬわけじゃあるまいし」
「時は有限だ、せめて終わりが来るまでには成し遂げたい事は成し遂げるべきだろう?」
「あんたの成し遂げたい事は分からないけど、妖怪退治って一朝一夕で習得できるものじゃないのよ?才能だって関係するし」
「やってみないことには始まらない」
そう言うと、レイムは腰に手を当て、呆れたように溜め息をついた。
「そうね、さっさと始めるべきだったわ、時間だって有限なんだものね」





「まずは妖怪の概念から説明…っても、科学が詰め込まれたあんたじゃ非科学的概念の理解は乏しいわね、手っ取り早くいくべきかしら」
「是非とも説明してもらいたいな」
「理解するかどうかは別として…妖怪は、簡単に言うと精神体が具現化したものなの。詳しく説明すると、自然、生き物、それらは何れも精神を持ち合わせている。宿主という寄りどころが無くなった精神体が自我を持ち、強く現実に干渉してしまうほど具現化してしまったものが妖怪。まあ具現化は軽く天災みたいなものね」
「なるほど、分からん」
「まあ理解してもらおうとは微塵にも思ってないわ、あんたは戦うだけ、戦闘狂には概念の説明よりも撃滅の為の方法のほうが役に立つものね」
「よく理解してもらっていて大変ありがたい、しかし、戦闘狂に戦闘のノウハウを教えるレイムもまた狂人の一人だぞ?」
「狂人、ね。まあ否定はしないわ、幻想郷では狂人じゃないほうがおかしいくらいだし」

「まあそんな事はどうでもいいわ、倒し方は至ってシンプル、精神を負かすのよ。自己を保てないくらいにズタズタにね。そうすれば妖怪は勝手に消えてくれるわ」
「なかなかに荒っぽいな、もっと爽やかにクールに決めてくれるかと期待していたのだが」
「そんな格好の良い事じゃないわよ、妖怪の精神力は人間の比じゃないわ。殺すなら本気でかからないと。…で、こっからが本番、妖怪相手に精神攻撃をかけなければいけないの、ここが主に才能が関わってくるわね」
「精神攻撃?」
「詳しくは省くけど、あんたじゃ無理ね。人間が持つ力だし、あんたはロボットとやらだし。でも今は秘策ありよ、これを見なさい」
「玉、か?おかしな紋様だ、そして古びているな」
「古びては余計ね。陰陽玉っていうんだけど、これには私の力が込められてるの。つまり、これを使えば誰でも私の力を使えるわけ、無限ではないけど」
「ほう、なるほどな。便利アイテムってわけだ」
「さ、それを持って。早く行くわよ」
「…どこへ?」
「仕事によ」




レイムに連れられ、たどり着いたのは魔法の森だった。森の中は鬱蒼と茂った木々のせいか、光があまり届かず、昼間でも暗闇が存在していた。
「仕事ってのはもちろん妖怪退治よ、人里から請け負ってきた依頼なんだけど、報酬が高くて…コホン、まあそうそう強い妖怪じゃないからあんたにうってつけの練習ってとこね」
「陰陽玉の使い方、とかは無いのか?」
「持ってるだけで十分よ、そんなややこしくしたら扱いに困るじゃない。…ほら、喋ってる間に、ターゲットが来たわよ」
森の奥から異形の生物が闊歩しているのが垣間見えた。それにしてもグロテスクな外見だ、人一人丸呑み出来そうな口に飛び出た大目玉、足は無く、自らの肉塊を筋肉が異様に発達した豪腕で引きずりながら移動している。気持ち悪いことこの上ない妖怪だ。
「ほら、行きなさいよ」
「吶喊していいのか?」
「言わば試し斬りみたいなもんなんだから、遠慮無くやりなさいよ」
「了解」
私は腰からマシンガンを手に取り、グリップを握り締める。そしてダミーバルーンを射出した。
ボムッ、とバルーンが膨らみ、人型を形成する。音に反応した妖怪が、バルーンの方向を見る。その隙を狙い、私は突撃をかけた。
妖怪はバルーンに向けて口から液体を吐きつけた。バルーンは液体を受けると、ドロドロに溶けて地面に落ちていった。
「容赦ないな」

私は飛び出た大目玉に銃口を突き刺した。妖怪は痛いのだろうか?少なくとも悶絶の叫びをあげているところを見ると、痛覚はあるらしいな。そのまま私はトリガーに指をかけ、一気に引き込んだ。
容赦のない轟音と、容赦のない弾丸が、容赦なく妖怪の目玉を大きく抉り、穿った。
そして怯んでいるところに、続けて弾丸を撃ち込んだ。ビシビシとビシビシと妖怪の肉塊に弾丸が穿っていく。文字通り、蜂の巣になっていく妖怪は、ただ単に醜くなっていき、私は嫌悪感を抱いた。何かにすがるように突き出された豪腕も、容赦ない弾丸の雨に吹き飛んでいった。
嫌悪感、そして、嫌悪感に隠れた悦楽に、私は酔いしれていた。気付けば、トリガーから指は離れる事は無いようで、ずっとずっと引き込んでいたかった。
「ハイハイ、ストップストップ」
レイムの制止する声が聞こえて、私はやっとトリガーから指を離す事が出来た。
「あっちゃーホントにミンチね、私でもこんなにしないわよ」
妖怪の姿はもはや原型を留めていなかった。目玉から胴体が二つに割かれ、肉塊と化した胴体に無数に穴が穿っている。絶命しているのは確かであった。
「意外とあっさりとミンチにできたな、この程度なのか?」
「ま、元々から妖怪を気絶させるくらいの攻撃力は持ち合わせてるんだし、これくらいは当然かしら」
顎に手を当て、変に納得したかのように答えるレイム。私にはよく分からなかった。




「はい、これで私からのレッスンは終わり。何か質問は?」
「有料、と言っていたが、あいにく金が無い。どうすれば良いか?」
「そこらへんは問題ないわよ、あんたが妖怪退治の仕事をして、報酬は私に渡せばいいんだから」
茶を啜りながら、レイムは嘯いた。なかなか考える御仁だ、何も考えて無さそうな表情、ポーカーフェイスというものかもしれない。
「了解した、では失礼する」
私はバーニアを噴かし、西の空へ飛び立った。レイムは手を振るなどはせず、ただ去っていく姿を眺めているだけだった。





「で、紫。そこに居るんでしょ」
「あら、バレた?」
「嫌な視線と雰囲気ぐらい感じれるようになったわよ。それで、何の用?」
「んー、強いて言えば、お散歩がてらのなんとやら、かしら」
「目的は紫電?」
「あ、夕飯の時間だわ、バッハハーイ」
「逃げ足だけは早いわね。…紫電を監視?あの紫が監視だなんて、どういう事かしら…。ともかく、嫌な予感しかしないのは確かだわ」

つづく

「こんな夜遅くの来客だなんて、私を考慮した上での事なのかしら」
風格ある少女、レミリアは玉座の肘掛けに肘をつき、頭を拳で支えていた。なるほど、館の主であるのが頷ける威厳である。
「考慮したわけではないが。門番の件について話に来た」
そう言うと、レミリアは気付いたように目を見開き、私をまじまじと眺めて言った。
「門番?ああ、そんな事も言ったわね、まさか本気にするとは思ってなかったけども」
「…本気ではない?嘘だったのか、あんな役に立たなそうな門番を抱えて大変そうだと思った私が迂闊だったか」
「誰が役に立たなそうなんだー!」
後ろから声がする。振り向くと、サクヤを抱えた昼寝門番が居た。
「部外者である私を、鼻提灯膨らましてみすみす逃すのは、幻想郷では役に立たないとは言わないのか?」
「あら、それは確かに役に立たないわね」
「お、お嬢様ぁぁ」
門番が嘆く。もはや自業自得だとは思うのだが、敢えて口には出さなかった。
「あんたが来客だと報せなかったからこそ、こんな騒ぎなんじゃないかしら。リストラかしらね、クビかしらね」
威厳がある口振りでレミリアが門番を叱る。いや、叱ると言うより、脅しているのかもしれない。
そしてこの騒ぎの発端は別の侵入者であるという事は、レミリアも門番も知らないのだろう、妖精メイド部隊の総指揮はサクヤであるし、そのサクヤは気絶してしまっている。寝ていた門番、委任していたレミリアは知る由も無かっただろう。
「やっぱり、門番の件は考えるべきね。来客の方がサクヤを倒す手練れのようだし、美鈴はリストラで済むし」
「お嬢様ぁ~それだけはご勘弁を~」
レミリアはうーむと唸り始めた。悩んでいるのだろうが、その顔つきは並みの所業を考える表情では無かった。
「じゃあ美鈴、来客を倒せばリストラは無し。倒せなかったら、分かってるわね」
内輪もめに巻き込まれても、案外困ってしまう。メイリンとやらもやる気を出してるし。第三軍の弾幕を切り抜けたダメージは微量のモノではないし、サクヤのナイフだって全くの無傷だったわけでもない。今のこの状況で、立場的に追い詰められた者を相手にするのは、些か体力不足である。
「私の配慮は無視されるのか」
そう言ってレミリアを見ると、レミリアは愉しげに私を見返した。
「門番の最も必要とされる耐久力のテストだと考えなさい、少しは気が楽になるから」
「さあいきますよ!私の生活の為に散ってください!」

メイリンは即座に私との距離を詰めた。そして拳を強く握りしめ、一気に前へ突きだしてきた。
早い、そしてパワーがある。しかし、単純だ。ただ単に前に突き出すだけなら、誰にだって出来る所業だ。
私は軽く拳を避けると、メイリンのがら空きとなっているボディにブローを叩き込んだ。
かなりのダメージ、と思った。だが、メイリンはニヤリと笑う。
「防御は最大の攻撃、肉を切らせて骨を断つ。良いボディブローですねぇ、じゃあ私も反撃ですよ?」
メイリンの左脚が私の脇腹を襲う。綺麗に回し蹴りが入り込み、私は大きく吹き飛んだ。
「…メイリンを妖怪だと言うことをすっかり忘れていたな。ただの寝ぼけた門番だと思っていたが、違うようだ」
「三百年近く門番をやっているんですよ?昨日今日ここにきた人とはそれは違いますよ」
「それでは見せて貰おうか、三百年の実力とやらを」
私は立ち上がり、腰に据え置いていたマシンガンを撃つ。散発的な射撃にメイリンは易々と避けながら距離を詰めていく。
相手との距離十数メートル、私はマシンガンの射撃を停止させた。私は身構えもしない。無防備な体勢に、メイリンは嘲る。
「降参ですかッ?でも私は止まりませんよ!」
メイリンはダッシュのスピードの勢いに合わせ、拳を腰でためた。
そして拳の射程圏に到達した。メイリンが拳を突き出す。
私は右足を前に突き出した。
ドムリ、とメイリンの顔面に右足が入る。
「肉を切らせて骨を断つ、か。なんとまあ受け身主義だな、マゾヒストか?」
私は右足をメイリンの顔面から離した。その代わりに、メイリンの脇腹に回し蹴りを食らわした。
「肉を切って骨を断つほうが、効率が良くて痛くない、なんて素敵だろうか」
吹き飛ぶメイリンに巨大なネットが覆い被さる。私はメイリン入りのネットを、私を支点にして振り回し始めた。
「うぉああぁぁぁあぁあ!」
「「大雪山おろし」」
振り回したメイリン入りネットを勢い良く地面に叩きつける。メイリンは叩きつけられた衝撃でネットから飛び出していった。私はネットを回収し、メイリンに歩み寄った。
「確かにただの寝ぼけた門番じゃなかった、三百年近く寝ぼけた偉大な門番だったな」
「ま、まだまだ…」
メイリンはまだ立ち上がろうとする。するとレミリアが溜め息をついたのが聞こえた。
「ハイハイ、終了終了、第二の来客だわ。しかもアポイントメント無しの非常識な泥棒が」
「おろろ、入る部屋間違えちゃったぜ」
マリサの腕には本が抱えられている。分厚く、重そうな本だ。
「美鈴、あの強盗を捕まえなさい。捕まえたら、解雇は無しにするわ」
「仰せのままに!」
メイリンはここぞとばかりにマリサに向かい疾走した。マリサはメイリンの勢いに驚き、一目散に逃げ出した。
そして部屋には静寂だけが残る。レミリアと、私と、メイリンに置いてかれてしまったサクヤ。
「邪魔者は居なくなったわね」
レミリアは改めて椅子に座り直し、私を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「紫電、あなたは門番に不適応よ、残念でした」
その言葉を聞いた瞬間、私はレミリアに詰め寄った。さすがに腰に据えた機関銃を向ける事はしないが、脅迫と言っていいほどの肉迫の仕方だった。
「別に憤慨したり、悲哀に耽る気は無いが、理由を問いたい」
レミリアはふっと軽く嗤い、私を見据えた。幼女といえども、この視線にはたじろいでしまう。
「別に門番にスピードは要らないの、タフな盾であればいいわ。これは重要な理由ではないけどもね」
「重要な理由?」
「私はあなたを信用できない」
レミリアの口から放たれた言葉は、私の理解を越えていた。要するに、何を言っているのか分からない、という事だ。
「もちろんあなたとはほぼ初対面、すぐに信用しろという方がどうかしてるわ。私が言いたいのはそういう事じゃあない、あなたにはそう…反骨の相、かしらね、そういうモノを感じるわ」
「反骨の…相」
「あなたはいずれ、私に刃向かうわ…いや、私だけじゃない、この世の総て、幻想郷の総てに刃向かうの」
「何故分かる?未来が見える機能でも持っているのか?」
「永く生きていれば観察眼が冴えるのよ。ま、そういう事なの、今日はここに泊まっていって構わないわ、好きにして頂戴」
「はあ、じゃあ泊まらせてもらおうか」
「じゃ、そろそろ私は眠る時間だから、立ち去ってもらえないかしら。咲夜、早く起きなさい!」
レミリアにけしかけられ、サクヤは辛そうに立ち上がった。
「では、私は失礼しよう」
「ええ、良い時間を」
起き上がったサクヤは、この状況が飲み込めていないようだ。仕方ないとは言えるが。




レミリアの部屋を出ると、マリサの腕を引きずって走ってくるメイリンがいた。引きずられているマリサは疲れきって死んでいるようにも見えた。執拗に追いかけ回されたのだろう、その光景が目に浮かぶようだ。
「お嬢様ー!お嬢様ー!」
部屋に入るメイリンの表情はとても輝いていた。




「咲夜、紫電は強かった?」
「能力は高いです、しかし、技術はあまり誉められたものではないですね。特攻戦法ばかりを多用しているように思えました。次は勝てる自信はあります」
「そう、それは楽しみね。意外と次の機会は近いかもしれないわよ?」
「それはどういう事でしょうか?」
「そのままの意味よ、咲夜。そうね、どうしても分からないなら、今からあなたに紫電を監視する任務を与えるわ」
「監視、ですか」
「紫電の動向を随時私に報告なさい。彼女、この数日で色んな場所を巡ってるようだし」
「…了解しました」
「じゃ、寝床の準備を」
ばたーん!
「お嬢様ー!泥棒捕まえましたー!」
「美鈴…」
「…それは良かったわね、お仕置きとして地下室まで連れて行ってあげなさい、美鈴も地下室で妹と遊んであげるといいわ」
「え…えええ!」



「御用があったらお申し付けくださいませ」
妖精メイドは堅苦しく礼をし、私を見据えた。別に御用という御用も無い、私は眠らないからベッドだって要らない、そしてこの部屋にはベッド以外の家具一つ無かった。
お嬢の部屋から出て、メイリンの嬉々として走り抜けていった光景を見た後、私はメイドに連れられ、この部屋に通された。あのお嬢の事だ、私に監視をつけ、身動きを取れなくしたのだろう。妖精メイドは部屋の扉近くで佇んでおり、まるでこの部屋から出さないつもりとすら感じられる。むしろ、お嬢が私を警戒するのも無理はない。「刃向かう事になる」と言っていた程だ、余計に警戒せざるを得ないだろう。
さて、この一件が終わったら、何をしようか。まずはニトリの所へ赴き、全身のメンテナンスを頼むべきであろう。今回は、かなり無茶をし過ぎた。ああいう戦法は極力控えなければならない。自己修復が可能ならまだしも、私にはそんな大それた機能はあいにく持ち合わせていない。新たな装備も作っているだろうし、まずはニトリの所へ赴く事にした。モリチカの安否も確かめたいしな、サイボーグに成り果てていないかが心配だ。
メンテナンス後はレイムの所へ行く事にしよう。記憶によると妖怪退治のノウハウを教えてくれると言っていた。この幻想郷で妖怪退治のノウハウを教わるのは、あながち無駄では無いだろうし、あわよくば妖怪退治の職に就きたい。間接的に、チセらを護れる仕事であるし、私の存在意義に近い職である。願ってもない好都合な仕事と言えるだろう。

さて、思考する時間は終わりを告げた。だとするとここに居る理由も無い。
「メイドさん、そろそろお暇したいんだが」
そう聞くと、妖精は口を閉ざした。やはり私を出さないようにしているのだろう。力任せに突破するのも可能だが、できるだけ騒ぎは起こしたくはない。何しろ妖精メイドが私を見て怯えているのを見ていると罪悪感が沸く。
「…なら水を頼む、喉が乾いて死にそうだ」
妖精メイドはほっと安堵し、扉を開けた。水を持ってくる間に退散しようと企んだが、妖精メイドは廊下に居る妖精メイドに水を頼み、部屋の扉を閉めた。
なるほどな、なかなかの厳重体制だ。そこまでして私を出さないつもりか。
やはり、ここは手荒にいくしか無さそうだった。
「メイドさん、外に出たいんだが」
妖精メイドはやはり黙り込んだ。そして私をなるべく見ないように視線を泳がせている。
「コレをちらつかせないと言葉も喋れないのか、困ったメイドだな」
私は腰からマシンガンを手に取り、ひらひらと振り回して見せた。それを見たメイドは恐怖に駆られ、助けを呼ぼうと大きく息を吸い込んだ。
「誰かたすけっ……!」
私は銃口を妖精の口に突きつけた。もちろんトリガーには指がかかってはいないし、撃つ気もさらさらない。あくまで脅しである。
「手荒なマネはしたくないんだ。メイドさんだって、もう一つのお口ができあがるのは避けたいだろう?ならば私をここから出す方が得策ではないか?」
妖精メイドは激しく頷いた。手荒な手段だが、脱出には成功であるな。



「久しぶりね、美鈴、魔理沙!」
「は、はあ…」
「妹様、お久しぶりです」
「どれくらい久しぶりなのかしら、美鈴、覚えてる?」
「え、あ、その、二週間くらい、でしょうか?」
「311時間と48分と14秒よ、ずっとずぅっと数えてたの、ここの玩具もみんな壊れちゃったから数えてたのだけれど、なかなか面白いの」
「面白いならずぅっと数えていてくれ、私たちは帰るから」
「もう飽きたから美鈴と魔理沙と遊ぶの!今夜は帰さないよ!」
「卑猥な響き…妹様どこでそんな言い回しを…」




妖精メイドをベッドに縛り付けておき、私は部屋を出た。いずれ水を持ってきたメイドに助けられるだろう。その前に私はこの悪趣味な館からおさらばするわけだ。
しかし、構造が分からない為に、迷ってしまった。同じような場所が続き、何処が何処なのかさっぱり分からなくなっていた。

妖精メイドに道を尋ねるわけにもいかない、私は道なりに歩み進んでいった。
すると、一つだけ異様に雰囲気が違う階段があった。奥からはただならぬ冷気を感じる。地下だろうか?貯蔵庫かもしれない。別に盗人ではないので貯蔵庫には用も何も無いが、とりあえず階段を下りていった。貯蔵庫でなくとも、隠された抜け道やもしれない。階段自体が隠されていなかった時点で、その線は望み薄だが。
下りた先には大きな扉があった。レミリアの部屋の扉とは、まるで違う。簡単には開きそうにない鋼鉄の扉、そして、今は外されているが、幾重にも巻かれた鉄鎖が転がっていた。
中からは何かが聞こえる。話し声のようだが、扉が厚く、聞くに聞き取れない。もしや奴隷を集めた部屋かもしれない、あのお嬢ならやりかねない。解放するのも、まあ常識から考えると善行であろう。お嬢には悪いが、開けさせてもらうことにした。
扉に手をかけ押すと、重々しい金属音と共に扉が開かれた。
部屋の中には奴隷がいっぱい、というわけではなく、ひとつのベッドと散乱した何か、そして部屋の真中では三人がカードを持っていた。
「はい、タン花見月見雨四光。こいこい無しで18文に二倍重ねの36文な」
「魔理沙さん容赦ないです…」
「ううううー」
花札をやっている三人だけがこの部屋に音を響かせていた。
「よし!花見で一杯!こいこいね!」
「ん、じゃあカスであがるぜ、相手こいこいの2文な」
「魔理沙さん…」
「ううううー!」
「こんなところで何をやっているんだマリサ、メイリン」
私は花札に熱中しているところに割って入るように声をかけた。マリサとメイリンが振り返り、札を爛々と睨みつけていた少女がこちらを見つめた。
「まあ、色々あってな、こいつと遊んでるぜ」
「お姉さん誰?」
幼い外見だが、背には羽らしきモノがある。妖怪の類だろう。
「私は紫電という。見たところレミリアに面影が似てるが…」
「私はフラン、レミリアは私のお姉様よ」
何気なく幼く可愛らしい雰囲気を醸し出しているが、この部屋の惨状はこの娘一人で行ったものだろうか。人形の腕や半身が無残にへし折られ、ぬいぐるみは綿が吹き出し、ゴミのように放られている。そして見間違いかは分からないが、血痕らしきものが辺りにまき散らされている。腐臭すら感じるのは、気のせいではないのかもしれない。
やはり妖怪、正常な思考では考えでは通じない狂気を感じる。全くもってふざけた連中だ。

「魔理沙、帰るぞ。そろそろ夜も更ける」
「つーわけでお暇したいわけだが…」
「フランもっと遊びたい!」
困ったものだ、これ以上長居すると妖精メイドの編隊が私を捜索するだろう。
私はメイリンの肩を叩き、囁いた。
「後は頼んだ、門番」
メイリンは「へ?」と理解していなかったが、私は構わずマリサの腕を引っ張り走り出した。
「なかなか強引だな」
「ああでもしなければ突破は不可能だ。それよりも、出口へ案内してくれ」
「分かったぜ、ついてこい!」
マリサは箒に乗り込み、速度を上げた。私もバーニアを噴かし込み、マリサに追いつこうと速度を上げる。
すると、妖精メイドが数人キョロキョロと周りを確認しながら闊歩しているのが見えた。おそらく捜索隊だろう、私はマリサにその節を伝える。
「マリサ、捜索隊だ、私らを探している」
「スピードさえあれば切り抜けられる!戦闘は極力回避だ!」
「了解」
マリサがスピードを上げた。私も同時にスピードを上げる、そして捜索隊の真上を飛び去っていってやった。捜索隊は風圧に体を圧され、身動きが取れないでいる。
「よし、このまま突っ切るぜ!」




駆け抜けた先には、霧が深い世界があった。外に脱出できた、という事だろう。マリサも私もスピードを落とさずに紅魔館を後にした。
紅魔館からの追撃隊は確認されない、追う気が無いのだろうか。
するとマリサは服の下から分厚い本を出した。
「いつ美鈴にバレるか冷や冷やしてたが、紫電のおかげで無事に持ち出せたぜ」
「盗品か、感心しないな」
「盗品とは失礼な、借りただけだぜ」
あながち、強盗というのも間違いでは無いかもしれない。
そして、霧の湖は殺気立っていた。妖精達がところどころに確認される。
「マリサ」
「分かってる。面倒だな、一気に駆け抜けちまいたいもんだが、そうもいかないぜ」
マリサの視線の先には、紅魔館侵入前にトリモチで墜とした妖精がいた。相変わらず生意気そうだ。
「よくもやってくれたわね!そこの無表情!」
おそらく私の事を言っているのだろう。
「トリモチに体を覆われるのはどうだったかな?心地良すぎて墜ちていってしまったようだが」
「最悪よ!ぜったい許さないんだから!」
すると妖精は氷柱を飛ばして来始めた。鋭い先端は容赦なく私を狙い、装甲を抉り貫こうと襲ってくる。
しかし、所詮は氷だ。私がマシンガンのトリガーを引くと、みるみるうちに砕け散っていった。脆いものだな。

「どうするんだ紫電!」
「逃げる準備をしておけ」
私は放たれる氷柱を一発漏らさず撃破しながら、タイミングを図る。
すると、氷柱の射撃が緩んだ。おそらく妖精は疲労しているのだろう、タイミングは今しかない。
バシュッバシュッバシュッ
左腕のバルーンランチャーから、3つの塊が射出された。それはみるみるうちに膨らみ、人型になった。
「今だマリサ、行くぞ」
「お、おう」
私らはスピードを上げ、妖精の真横を駆け抜けていった。妖精は何かの攻撃と勘違いして顔を隠すように身構えている。
駆け抜けた後、後方を確認した。案の定、バカ妖精はダミーバルーンに気を取られている。作戦大成功である。
「あれくらいのバカだと扱いやすくて参るな」
「ほんと便利だな、それ」
霧の湖を越え、モリチカの待つ店へ急いだ。



つづく