モリチカの店に着いたのはほぼ太陽が上りつつある朝であった。朝日が暖かく地上を照らし、人々の活動を促す。
マリサは私に別れを告げて魔法の森へ飛び去っていった。
私は店の扉を開けると、棚に商品を陳列しているモリチカがいた。もしかしたら晴れ晴れサイボーグになったのかもしれない、そうでなければこのモリチカの健康を証明するモノはない。
一方、ニトリはまた寝ていた。気持ちの良さそうな寝顔である。一晩かけてモリチカをサイボーグにしたのだろう、今はそっと寝かしてやる事にした。
「おかえり紫電」
「ああ、ただいまモリチカ。サイボーグ化おめでとう」
するとモリチカは唖然とした。私が何かおかしな言動をしただろうか?モリチカの表情は明らかに何が何だか理解できていない顔だ。
ああ、もしかして、改造された事を知らされていないのだろう。これなら合点がいく、わざわざ伝える必要もないしな。
「いや、やっぱりなんでもない。それより、これはなんだ、コンテナ…か?」
「昨晩にとりさんが作ってたんだ、僕は起こされなかったから良かったけどね」
うむ、よく寝れて健康なのか、サイボーグになって健康なのか判別できないな。とにかく、このコンテナらしきモノは新しい私の武装として判断しても構わないだろう。
そういえば、メンテナンスを頼みたいのだった。今回の出撃はかなりのダメージを負ってしまった為、内部のサスペンションや配線がイカレてないかを確かめてほしいのだ。
これほどまでにメンテナンスが重要で不可欠なのはあまり好ましい事ではない。ある程度の現地対応が不可能である限り、私は考慮して戦闘を行わなければならない。その考慮が足を引っ張っているのは容易に理解できる。
自己メンテナンス、もしくは自動修復が可能ならば、と思う。しかし、私の技術が伴わない為、自己修復はおろか、自己メンテナンスすら不可能であり、机上の空論と化していた。
なかなかにニトリは気持ちよさそうに寝息を立てているものだ、私のメンテナンスは当分先になりそうだ。
と、思った刹那、ニトリはガバッと上半身を起こし上げ、目を見開いた。その双眸に寝ぼけ眼などという文字は無い。ニトリは周りをぐるりと見回し、私の姿を捉えると、すぐさま詰め寄ってきた。
「紫電!待ってたよ!すごい待った!一晩待った!」
「分かった分かった、で、あのコンテナは何だ?」
私が謎のコンテナを指差すと、ニトリは胸を張って意気揚々と答えた。

「それはミサイルコンテナさ!小型ホーミングミサイルを40基搭載、そしてオプションとしてコンテナ側面部にSマインランチャーがついてるよ!」
「今回は特に火力が高い装備だな、どこに装備できるんだ?」
「脚のバーニア上部にに装着できるように作ったんだ、ほらこんな風に」
パチンという音と共にコンテナが脚に取り付けられた。ワンタッチでの取り外しは信用度が低いが、難癖をつけるわけにもいかないので黙っておいた。
試射、というわけにもいかないな。撃ったならばモリチカの店が勢い良く吹き飛んでいくであろう。
「よくこんなモノを一晩で作り上げられるな」
「構想は既に練ってあるからね。あとは形にするだけなんだけど、形にしたあとのモノの処理に困るし。だから紫電が居てくれて助かるっていうか、なんていうか」
「なるほどな、大変良く理解できた。とにかく、これからも頼む」
「合点承知!」
ニトリとの会話を終え、私はモリチカの方を向いた。モリチカは本を開き、中身をゆっくりと眺めている最中だった。
「モリチカ、レイムの神社は何処だ?」
モリチカは名を呼ばれると、本に栞を挟み、こちらを見た。
「霊夢の神社…ああ、博霊神社か。人里からずっと東に行った所にあるよ。レイムに何か用があるのかい?」
「妖怪退治のノウハウとやらを学びに行く。今の私じゃ妖怪に気絶程度のダメージしか与えられないからな、ならば妖怪退治の本職に学んだほうが良いだろう?」
「実に勉強熱心だね、魔理沙も見習ってほしいものだよ…」
モリチカは大きくため息をついた。まるでマリサの保護者のような振る舞いだ、きっと関係は複雑なのだろう。私が干渉する事でも無し、私はなかなかに急いでいるので、敢えて追求しない事にした。
「では行ってくる、またなモリチカ、ニトリ」
「ああ、行ってらっしゃい」
「またなー」
私はモリチカとニトリに別れを告げ、東の空に向かいバーニアを噴かした。





東の空は何故か感じる感覚が違っていた。幻想郷では無いような、まるで違う世界だ。外界の感覚、なのだろうか?とにかく、違和感だけは伝わった。
神社と言えば信仰であるが、参拝客の姿は上空から見る限り見当たらない、というか、道という道のほとんど畦道で、獣道と言ってもおかしくはなかった。よほどの信仰心を持った信奉者でなければ、こんな道を通ってまで参拝に訪れたくはないだろう。そして、そのよほどの信仰心を持った信奉者は居ないのが現実であった。

こんな悪条件が揃いに揃った場所に神社を建てる方が、むしろおかしいと言えるだろう。もしや、やる気が無いのか。
飛び続けていると、鳥居らしきモノが確認できた。そして段々と神社らしき建物が確認される。おそらく、博霊神社であろう。
私は博霊神社の鳥居を越えた石畳の上に着陸する。一応、神社の体裁は守られているようだが、とにかく人が見当たらない。見当たるのは吹き散らかされた落葉くらいだった。私は賽銭箱に歩み寄り、中身を見てみるが、小銭一つ見当たらない。見当たるのは蜘蛛の巣と埃くらいだった。
寂れている。一言で言えるくらい静寂に包まれていた。もしやここは別の空間なのか。
「あら、来ていたのね」
レイムが空から降り立った。巫女が留守にできるほどこの神社は寂れている事が証明された瞬間であった。
「用件は?…ま、分かっているんだけども」
「そういう事だ、手早くご教授願いたい」
「ほんっと、あんたは何をそう急いでいるのかしら。もうすぐ死ぬわけじゃあるまいし」
「時は有限だ、せめて終わりが来るまでには成し遂げたい事は成し遂げるべきだろう?」
「あんたの成し遂げたい事は分からないけど、妖怪退治って一朝一夕で習得できるものじゃないのよ?才能だって関係するし」
「やってみないことには始まらない」
そう言うと、レイムは腰に手を当て、呆れたように溜め息をついた。
「そうね、さっさと始めるべきだったわ、時間だって有限なんだものね」





「まずは妖怪の概念から説明…っても、科学が詰め込まれたあんたじゃ非科学的概念の理解は乏しいわね、手っ取り早くいくべきかしら」
「是非とも説明してもらいたいな」
「理解するかどうかは別として…妖怪は、簡単に言うと精神体が具現化したものなの。詳しく説明すると、自然、生き物、それらは何れも精神を持ち合わせている。宿主という寄りどころが無くなった精神体が自我を持ち、強く現実に干渉してしまうほど具現化してしまったものが妖怪。まあ具現化は軽く天災みたいなものね」
「なるほど、分からん」
「まあ理解してもらおうとは微塵にも思ってないわ、あんたは戦うだけ、戦闘狂には概念の説明よりも撃滅の為の方法のほうが役に立つものね」
「よく理解してもらっていて大変ありがたい、しかし、戦闘狂に戦闘のノウハウを教えるレイムもまた狂人の一人だぞ?」
「狂人、ね。まあ否定はしないわ、幻想郷では狂人じゃないほうがおかしいくらいだし」

「まあそんな事はどうでもいいわ、倒し方は至ってシンプル、精神を負かすのよ。自己を保てないくらいにズタズタにね。そうすれば妖怪は勝手に消えてくれるわ」
「なかなかに荒っぽいな、もっと爽やかにクールに決めてくれるかと期待していたのだが」
「そんな格好の良い事じゃないわよ、妖怪の精神力は人間の比じゃないわ。殺すなら本気でかからないと。…で、こっからが本番、妖怪相手に精神攻撃をかけなければいけないの、ここが主に才能が関わってくるわね」
「精神攻撃?」
「詳しくは省くけど、あんたじゃ無理ね。人間が持つ力だし、あんたはロボットとやらだし。でも今は秘策ありよ、これを見なさい」
「玉、か?おかしな紋様だ、そして古びているな」
「古びては余計ね。陰陽玉っていうんだけど、これには私の力が込められてるの。つまり、これを使えば誰でも私の力を使えるわけ、無限ではないけど」
「ほう、なるほどな。便利アイテムってわけだ」
「さ、それを持って。早く行くわよ」
「…どこへ?」
「仕事によ」




レイムに連れられ、たどり着いたのは魔法の森だった。森の中は鬱蒼と茂った木々のせいか、光があまり届かず、昼間でも暗闇が存在していた。
「仕事ってのはもちろん妖怪退治よ、人里から請け負ってきた依頼なんだけど、報酬が高くて…コホン、まあそうそう強い妖怪じゃないからあんたにうってつけの練習ってとこね」
「陰陽玉の使い方、とかは無いのか?」
「持ってるだけで十分よ、そんなややこしくしたら扱いに困るじゃない。…ほら、喋ってる間に、ターゲットが来たわよ」
森の奥から異形の生物が闊歩しているのが垣間見えた。それにしてもグロテスクな外見だ、人一人丸呑み出来そうな口に飛び出た大目玉、足は無く、自らの肉塊を筋肉が異様に発達した豪腕で引きずりながら移動している。気持ち悪いことこの上ない妖怪だ。
「ほら、行きなさいよ」
「吶喊していいのか?」
「言わば試し斬りみたいなもんなんだから、遠慮無くやりなさいよ」
「了解」
私は腰からマシンガンを手に取り、グリップを握り締める。そしてダミーバルーンを射出した。
ボムッ、とバルーンが膨らみ、人型を形成する。音に反応した妖怪が、バルーンの方向を見る。その隙を狙い、私は突撃をかけた。
妖怪はバルーンに向けて口から液体を吐きつけた。バルーンは液体を受けると、ドロドロに溶けて地面に落ちていった。
「容赦ないな」

私は飛び出た大目玉に銃口を突き刺した。妖怪は痛いのだろうか?少なくとも悶絶の叫びをあげているところを見ると、痛覚はあるらしいな。そのまま私はトリガーに指をかけ、一気に引き込んだ。
容赦のない轟音と、容赦のない弾丸が、容赦なく妖怪の目玉を大きく抉り、穿った。
そして怯んでいるところに、続けて弾丸を撃ち込んだ。ビシビシとビシビシと妖怪の肉塊に弾丸が穿っていく。文字通り、蜂の巣になっていく妖怪は、ただ単に醜くなっていき、私は嫌悪感を抱いた。何かにすがるように突き出された豪腕も、容赦ない弾丸の雨に吹き飛んでいった。
嫌悪感、そして、嫌悪感に隠れた悦楽に、私は酔いしれていた。気付けば、トリガーから指は離れる事は無いようで、ずっとずっと引き込んでいたかった。
「ハイハイ、ストップストップ」
レイムの制止する声が聞こえて、私はやっとトリガーから指を離す事が出来た。
「あっちゃーホントにミンチね、私でもこんなにしないわよ」
妖怪の姿はもはや原型を留めていなかった。目玉から胴体が二つに割かれ、肉塊と化した胴体に無数に穴が穿っている。絶命しているのは確かであった。
「意外とあっさりとミンチにできたな、この程度なのか?」
「ま、元々から妖怪を気絶させるくらいの攻撃力は持ち合わせてるんだし、これくらいは当然かしら」
顎に手を当て、変に納得したかのように答えるレイム。私にはよく分からなかった。




「はい、これで私からのレッスンは終わり。何か質問は?」
「有料、と言っていたが、あいにく金が無い。どうすれば良いか?」
「そこらへんは問題ないわよ、あんたが妖怪退治の仕事をして、報酬は私に渡せばいいんだから」
茶を啜りながら、レイムは嘯いた。なかなか考える御仁だ、何も考えて無さそうな表情、ポーカーフェイスというものかもしれない。
「了解した、では失礼する」
私はバーニアを噴かし、西の空へ飛び立った。レイムは手を振るなどはせず、ただ去っていく姿を眺めているだけだった。





「で、紫。そこに居るんでしょ」
「あら、バレた?」
「嫌な視線と雰囲気ぐらい感じれるようになったわよ。それで、何の用?」
「んー、強いて言えば、お散歩がてらのなんとやら、かしら」
「目的は紫電?」
「あ、夕飯の時間だわ、バッハハーイ」
「逃げ足だけは早いわね。…紫電を監視?あの紫が監視だなんて、どういう事かしら…。ともかく、嫌な予感しかしないのは確かだわ」

つづく