今日は昨日の続きです。
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彼の休みの日を待って、私は一人でポートランドに戻る事を話すと、凄い剣幕で怒って泣き喚いて手が付けられない状態になった。
Hanaがいなくなったら、自分はもっと飲んで死ぬまで飲み続ける。
もう何もかもどうなってもいい。
自分には何もない。バンドだってもうどうでもいい。
夢も希望もない。
と、その夜は出て行ったまま戻らず、どこかに行って車の中で飲んでいたらしい。
私はただ彼が事故等に巻き込まれず無事である事を祈った。
翌日は仕事に行ったはずだが、何度もテキスト(携帯メール)が入った。
『どうか行かないで。俺を見捨てないで。苦しくてもう生きていけない。助けてくれ。』
私は彼を喜ばす返信は出来ない。
実は結婚前には、こんな弱い彼を私はサポートしていけると思っていた。
でも、もう私がどうこうできるものではない。
本人に本当に変わる強い気持ちがなければ。。
依存症というのは小さい頃のトラウマ、色んな事が関係して、お酒に頼ってしまうようになったんだね。
これは治すのが大変な病気でもある。
だから本当に可哀そうだと思うのだけど。。。
私もこのまま一緒にいたらストレスで乳癌の悪化が続くだろう。
、、、でも実はこれも本当は少し違うという事もどこかで分かっている。
ストレスを作っている(感じている)のは私自身なのだから、私がこれを言い訳にしているところがあるのも自分で承知だ。
とにかくまだ弱さもある私が今出来ることは離れて自分軸をしっかり保ち、彼の事を遠くから祈る事。
話を戻すと、、、
仕事に行ったはずの彼だが、仕事には到底ならずに、車の中で飲んで大泣きしながら
『今、自分がどこにいるかもわからない。飲み続けてこのまま死ぬ』
と。 私に出来ることはどうか彼が無事で生きてくれるよう、本気で祈ることだった。
天地と繋がり、クリスタルボールを奏で、出てくるままにヒーリングをした。
やっていながら、ふと、
『彼がもし死んでしまったとしても、それは深いところでの彼の選択で私がどうしようもない事なのか。もうお任せするしかないか。。』
という思いが沸いた。
ふっと吹っ切れるような感情もあった。
が、とにかく無になって祈った。
30分以上経った頃、
ドアをドンドンと叩く音。
彼が帰ってきたー!!
ワインボトルを片手にフラフラになって怒鳴りながら。
でも私は無事に帰って来たことが本当に嬉しく、有難かった。
その後、彼は
『自分はもう生きている必要がない、だから何も必要ないんだ』
とかまた怒鳴って、自分の荷物をまとめ、外に行ってダンプスター(巨大ゴミ箱)にボンボンと捨てた。
全ての衣類、マイクや録音機、大事なギターまでも。
もう私が止められようがないので、または私がそばにいるから余計にそうしたいのか、私はいられなくなって外に出て、ずーっと歩きながら、祈った。
光明真言やホオポノポノなど、無心で唱え続けた。
数時間後に戻ると、彼はベッドに倒れ寝ていた。
私は彼が捨てたものを取り戻しにダンプスターへ!
あれらがなかったら彼が新しい人生を始めるのも大変だ!
よじ登って中へ入り、もう色んなものが捨てられて臭く汚くなった中から、彼の荷物を掘り出した。
何だか、私映画みたいなことしてるな~ なんてふと思いながら。。
翌日泣きあばれ疲れた彼は、何とか仕事に行った。
そしてそれから数日かけて、少しづつ私が去って行くことを現実として理解し始めた。
それでもたまに突然の悲しみに襲われ泣きだし、頼むからここに残ってくれ、とまた飲んで帰ってくることもあった。
約1週間かかったけど、やっと私が離れていくんだという事を受け入れた彼。
それから私がオースティンを離れる前の数日の間は、私も出来るだけのサポートをしたいと頑張った。
新しいアパート(オースティンに着いてからの1ヶ月はAirbnbに住んでいたのえ)で必要なベッドやキッチングッズ、色々なものを買い揃えて、彼が一人での暮らしが出来るだけスムーズにいくようにしたかった。
料理などしない彼に、インスタントポットで色々作れることを教えたり、スーパーでの買い物もしたことがない彼に、何を買ったらいいかとか。。
今まで家事とかしたことないのに、急に奥さんがいなくなって、心労のまま全部一人でやらなきゃならない、ってホント大変だよね。
もっと早くに色んな簡単料理とか、教えてあげたかった。
またこの続きをまた書くね。
Hana
オースティンの高速道路の脇に咲いてた草花♪
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