音の仕事もそうなのですが、そもそも仕事っていったい何なのか、ということを小学生の息子に伝えるために色々考えていました。

ふと、思い至ったこと。。

仕事とは「喜びを共有し合う-喜びのシェア-」なのではないかということ。

「何か人の役に立つことをして、その対価としてお金をもらう。」

「働くとは、傍(はた)を楽にしてあげること」

確かにそれはそれで仕事の説明にはなります。

ただ、なんとなく腑に落ちてこなかった。

自分はお金のためだけに働いているのでもないはずだし、ましてや誰かを楽にしてあげられているかも疑問だし、、。

「物々交換」の感覚は嫌いじゃないけれど、それだけではしっくりこない。

では、物々交換の最初の感覚を想像してみることにしました。

採集する-食物を採集するためにの山へ出かけます。そして食べ物を見つけた時の喜び。

作物をつくる-労働の苦しみもあるが実りの喜びは格別です。

猟(漁)をする-獲物を捕まえた時の喜び。

 

それぞれが苦労はあるだろうに、それ以上のそれぞれの「喜び」を交換しながら、さらなる喜びを求めて社会がつくられていき、そして人々は喜びをシェアしながら、たくましく生きてこられるようになったのではないか。

そんなことを想像してみると、自分も、こんなに上手に「音」を扱えるようになりましたよ!一緒に喜んでください!っていう気持ちで、録音をしたり、音響をしたりして、もっともっと皆様と喜びをシェアしていきたいなと思うようになりました。

 

「仕事」の向こう側には喜びが見える、「お金」というものの向こう側にも、たくさんの人の喜びを見つけることができる。そんな風に経済が回っていくと、楽しく社会が回っていくんだろうなと想像してしまいます。

苦しみの対価としてお金が回り出すと、悲しみや苦しみの共有が、悲しみや苦しみの擦り付け合いになってしまい、そうなると経済がやはりその対価である「お金」だけをむさぼろうとしてしまう方向に進んでしまうのではないかと想像してしまいます。

 

自分はこんなことが好きなんだよ!とか、こんなことをしてもらったら嬉しくなるね。という喜びのサービスも、たとえ苦しいことがあっても、苦しみと喜びをシェアできることで、苦しさが喜びに変わっていくこともきっとあるでしょう。

 

そんな喜びをシェアできるように、たくさんの音たちと出合う中で、また新たな喜びを見つけることができますように。

と願いつつ。。