「2度目の雨」
晃士君の訃報が私にとって、ここまで大きな悲しみと痛みを感じさせる出来事とは思ってもいませんでした。
聡太郎を失って、それ以上の悲しみはない物と思ってきました。
しかし、実際には違いました。
晃士君を救えなかった・・・という深い悲しみが心に響きます。
私は本来、なかなか健康です。
主人がインフルエンザに罹っても、私は全く平気です!!という状況を何度も過ごしてきました。
熱で仕事を休んだという記憶もありません。
なのに、そんな私が3月1日の夜から発熱。それも37.5度という微妙なライン。
3月2日も同じでした。もちろん薬も飲んでいました。
でも熱が下がらなくて。こんな体調でなかったら・・・と思います。
今日の関東は雨から雪になりました。
北九州のお天気はどうなのでしょう。
今日は、晃士君の告別式でした。
晃士君、関東の雨は、晃士君への悲しみの雨だと思います。
聡太郎の時もそうでした。すごく寒くて身に沁みた天気。
これからの私は、寒い雨の日には聡太郎とみんなを悼みます。
12月15日寒い雨の日でした。
晃士君のご家族と、お子様を亡くされた全てのご家族の方へ
「悲しみを乗り越えようなんてしなくていいんだよ。
だって、悲しいんだから。
それを乗り越えようなんてしても、ハードルが高すぎるよ。
乗り越えようとしなければ、そのハードルもないんだから。
悲しいんだから、悲しいままでいいんだよ。
それでも、生きる事はエンジョイしないといけないよ。」
主人の父から贈られた言葉を贈ります。
また、そうちゃんの会が終わってから、木村真紀さんが私に言ってくれた言葉も贈ります。
「幸せになってはいけないなんて思わないでね。
幸せになっていいんだよ。
そうちゃんは天国でね笑顔で過ごしていると想うから。
そうちゃんは大きな仕事を終えたんだと思うよ。
だから、幸せになっていいんだからね。」
それでも、フッとした時に思うのです。
聡太郎は頑張ったのに・・・。
聡太郎には出来なかったことなのに・・・。
そして、聡太郎はいないのに・・・。
微妙なニュアンスなのですが、なんと言って表現したらいいのか。
追体験みたいな感じとでもいうのでしょうか。
中途半端な表現ですみません。
同じ悲しみなんて絶対にないと思います。
それでも悲しいし、悔しいし、辛いし、なんでなの、という気持ちでいっぱいになるのでは・・・と思いを馳せることしかできません。
キリリ!と、かしこまりの聡太郎。