SUBシステムを用い膀胱—前立腺全摘出を行った前立腺癌の犬の一例 | 草村動物病院 「動物の診察室から」

草村動物病院 「動物の診察室から」

新潟市の草村動物病院のブログです。
高度獣医療のこと、日々の診療で思うこと、動物たちのことなど書いていきます。

 先日大阪の学会で、佐藤先生が「ルー君」の発表をしました。

 

 膀胱前立腺全摘出は、緊急な場合が多いと思います。ブログを見てくれている先生方、参考になればと思い抄録を載せてみます。

 

 今回は、SUBシステムを腹壁へ出したのですが、今私たちが考えているのは、最後のチューブを尿道へつないで、ペニスの先からカテーテルを出してJ-vacに繋いだらと思っています。

 

 ルー君の背中のバッグも、考えて考えてJ-vacに合うものを探しました。

 

 

SUBシステムを用い膀胱—前立腺全摘出を行った前立腺癌の犬の一例

Using SUB System after total cysto-prostatectomy in a prostatic carcinoma dog

 

要約

12歳齢のM.ダックスフンド去勢雄が食欲不振、嘔吐、血尿、頻尿を主訴に本院を受診した。血液検査にて高窒素血症、レントゲン、エコー検査にて前立腺の腫大、石灰化、腎盂−尿管拡張を認めた。内科療法を実施したが悪化傾向を認めたためCT検査実施後、膀胱—前立腺全摘出術を行った。その際、SUB systemおよびJ-VACを用いたことにより手技を容易にし、術後尿失禁による尿パッドの交換や皮膚病変の管理といった飼い主に対する負担を減らす事に成功した。術後の経過は良好であり、血液検査では速やかに尿毒症は改善し、腎盂の拡張も速やかに軽減した。課題も多く残るものの今後前立腺癌治療戦略の一つとして応用が期待される。

 

キーワード:前立腺癌 SUB system 前立腺−膀胱全摘出

 

はじめに

前立腺癌は雄の下部泌尿器に好発する腫瘍であり遠隔転移は罹患動物の64-89%に発生すると報告されており、40%の患者は排尿困難を呈する。[1]前立腺癌や移行上皮癌といった下部泌尿器腫瘍は、その解剖学的位置により外科的切除が困難であり、化学療法や放射線療法に対する反応もとぼしい。また、膀胱-尿道全摘出術に代表される根治的外科療法は局所病変の制御には高い効果を発揮するものの、一方で尿パッドの交換や皮膚病変の管理など飼い主に対する負担を著しく増加させる、さらに、その高い手術侵襲性から既に転移がみられる症例ではその適用に関して慎重を要する。これらの理由から現在では前立腺癌の多くは姑息的化学療法および緩和的放射線療法の組み合わせにより管理されることが標準的である。しかし、症例の多くは最終的に尿道閉塞による排尿困難や尿管閉塞による水腎症を呈して斃死または安楽死を選択することが少なくない。

今回尿道および尿管閉塞を呈した前立腺癌に対しdouble Subcutaneous Ureteral Bypass (以下 SUB )system(Norfolk veterinary products Inc Ilinois USA)、J-VACドレナージシステム(以下J-VAC)(ジョンソンエンドジョンソン株式会社)を用い、膀胱—前立腺全摘出術を行った犬の一例についてその概要を報告する。

 

症例

症例はミニチュアダックスフンド、去勢雄、12歳齢、体重6,5kg、食欲不振、嘔吐、頻尿、血尿を主訴に本院を受診。血液検査ではWBC17300/μl、BUN68.8mg/dl、CRE4.5mg/dlと異常値を認めた。X線検査では膀胱尾側に石灰沈着を伴う腫瘤性病変、エコー検査で左右の尿管拡張、前立腺の腫大が確認された。直腸検査でも前立腺領域に表面が不整な硬結感のある腫瘤性病変が触知された。なお、この時点でカテーテルによる導尿は不可能であった。以上の結果より前立腺腫瘤による尿管、尿道不完全閉塞を疑った。また触診で左側臀部に硬結感のある皮下腫瘤を認めている。Pred、エンロフロキサシン、乳酸リンゲル静脈点滴で治療を開始した。

第2病日WBC25100/μl、Ht39%→Ht28%、BUN90.6mg/dl、CRE4.1mg/dl、尿産生低下で内科療法での改善が困難と判断、オーナーと相談の上、手術を行った。

術前CT検査で前立腺領域に4.1×6.3㎝大の腫瘤を確認、腫瘤は尿管開口部まで達しており尿管、腎盂はともに重度に拡張していた。肺転移、骨転移、リンパ節腫脹は全て陰性であった。

手術は仰臥位で行い臍部が頂点となる様逆U字に切皮、皮下を鈍性剥離し尾側へと反転、腹膜を露出し腹膜を正中切開し開腹した。[2]前立腺周囲を確認し膀胱を摘出するため両側の精管を結紮切除の後、両側の尿管を十分なマージンをとり結紮後切断する、尿路確保のため腎臓側の尿管には栄養カテーテルを挿入しておく。前立腺動脈、後膀胱動脈を結紮、周囲組織と分離した後恥骨を切断せずに済む範囲で可能な限り拡大切除した。

次に両側腎臓にSUBシステムを設置する、腎臓を露出し、腎臓尾側の脂肪を鈍性に剥離、18G留置針を腎臓後部より腎盂に刺入し腎盂内の造影を行った。その後、透視下でガイドワイヤーを腎盂内に挿入し、腎盂用ロッキングループカテーテルをガイドワイヤーにかぶせて挿入した。カテーテルが腎盂内に存在することを透視下で確認した後、腎盂内カテーテルをループ状に固定、両側にカテーテルを設置した後、右側腹膜にカテーテルを通すため小切開を2カ所加えカテーテルを皮下に誘導した。次にdouble SUB用shunting access portに、それぞれのカテーテルを連結させportを腹膜に固定した。膀胱用カテーテルは右側の皮膚より体外に出し適当な長さで切断、J-VAC(150ml)に接続した。尿管に挿入していた栄養カテーテルを抜去、尿管を結紮した後、常法にもとづき閉腹。左側臀部の皮下腫瘤も同時に摘出した。病理組織学診断は前立腺癌で尿管、尿道断端に腫瘍性病変は認められなかったが、左側臀部皮下腫瘤が転移であったため予後不良と判断した。

第3病日BUN30.9mg/dl、CRE0.9mg/dl、腎盂拡張改善。第3病日より下痢を呈したため胃腸炎治療を実施、第9病日改善した。第3-11病日乳酸リンゲル、エンロフロキサシン、フェンタニルパッチで治療、平均尿量が350-400ml/dayであったため一日三回の尿のJ-VACからの排泄を必要とした。第11-25病日セフジトレンピボキシル内服に変更、尿量は点滴をやめた事により200−300ml/dayに低下。尿排泄の回数を1日2回に変更。第4病日より食欲も改善し、第26病日一般状態良好で退院、自宅では一日2回以上の尿の排泄をお願いした。第41病日カテーテル設置部より排膿を認める。切開、洗浄、ドレーン挿入、チューブを新品と交換し皮下を通し胸部体側皮膚に再設置。

第48病日細菌培養の結果より内服をミノマイシンに変更。第42—52病日ドレーンチューブからゲンタシン入り生理食塩水で皮下洗浄。第62病日右眼上1.0cm×1.0cmの腫瘤性病変を認め麻酔下で摘出、病理組織学診断で前立腺癌の転移と診断された。また、胸部CT撮影において肺転移所見を認めた。第3、9、42、62病日に血液検査を実施、軽度貧血はあるものの腎数値に異常は認められていない。

 

考察

今回前立腺癌による尿管、尿道閉塞の1例に対しSUB system、J-VACを用い膀胱—前立腺全摘出を行った。本症例は局所進行が進んだ症例で診断時既に尿管、尿道閉塞の所見があったため外科療法が必要となったがオーナーは尿失禁の許容が困難であった。そのため感染やJ-VACによる腎臓への吸引圧等いくつか不確定要素はあったものの試験的に今回の手術を行った。術後、高窒素血症は速やかに改善し経過も良好であった、しかしながら腹部体側の皮膚にカテーテルを出した結果、細菌感染を引き起こしてしまい皮下に膿瘍を形成する結果となった。これはカテーテルに可動性があり創部から入った細菌が原因と考えている。これに関しては胸部体側までカテーテルを皮下を通し皮膚から出す事によって可動性を抑制した、現在再発兆候は認められていない。なおJ-VACに関しては看畜にバックパックを背負わせその中に収納する事で対処している。

本術式は比較的容易に手技を行う事ができ、尿管閉塞や尿道閉塞といった致死的状況を回避し、退院後オーナーのQOLを確保する事ができたため安楽死も考慮しなければいけない状況だった本症例においては非常に有用であったと考えられる。

今回はあくまで緊急的な状況であり試験的に行ったが今後長期生存が可能となるケースにおいて腎臓へのダメージや感染といった課題が克服されれば本術式が前立腺癌治療の選択肢のひとつとなる可能性があると考えられた。

 

参考文献

1)Bell,F.K., KlausnerJ.S, Hayden, D.W.,etc:Clinical and pathologic features of prostatic adenocarcinoma in sexually intact andintact and castrated dogs:31cases(1970-1987).Journal of the American Veterinary medical Association,199,1623-1630(1991)

 

2)石垣久美子、鼠径陰嚢大腿ヘルニア整復術、SURGEON、103、61-62(2014)