大学院へ入学してからのこと。

 

当然に今までとは異なった人間関係が構築されます。

 

それはいい意味では新しい世界を私に教えてくれたし、悪い意味では私に強烈な劣等感を植え付けることとなります。

 

 

 

私の在籍していた大学院は1部と2部があり、どういうわけは1部も2部も夜間の時間帯に多くの講義が合同で行われていました。

 

学費は1部と2部では2倍も異なるにも関わらず…。

 

2部は社会人対象なのだが、その社会人であることの条件が物凄くグレーだったと言えます。

 

例えば、親が自営業、あるいは親戚が自営業の場合、従業員であったと偽造的なことをしてそれを証明すれば、大学側は意図も容易くそれを認定します。

 

そんな実情を知らず俺は1部で入学したわけだけど、実家の財政状況は実は著しく悪く、俺の学費の負担が大きな悪影響となってのしかかっていました…。親はそれを当時は隠していたわけだけど…。

 

 

また、図書館のアルバイトや大学独自の助成金と2部生であることを合わせれば、なんと収益となる裏ワザがあることも卒業間近になって知ることとなります…。

 

当時はその事を知った時、ただただキタネエな…と思っていましたけど、知らないことがそれほど大きな損失となるかを痛感しました。

 

 

大学院は何だかんだ言っても徒弟制度であり、教授が神のような位置づけで、先輩院生が事実上の支配者として研究室を牛耳っていました。

 

当然人間関係も体育会系的上下関係であり、それに加え陰湿な人間関係が構築されてる実態があります。

 

知識とお金、タフな精神力がなければ淘汰の対象となるのは必然…。

 

精神的に病んでしばらく大学院へ来なくなってしまった院生もいるのが事実…。

 

膨大な課題に対処するためにはバイトの時間を確保することは非常に困難だといえます。

 

寝る時間を削るタフガイなら別でしょうが…。

 

実際、親が裕福な場合は書籍の購入から学会への参加まで何ら躊躇することなく参加でき、その結果として有効な人脈を次々に得ることができていました。

 

卑屈になり悲観したところで打開策を得られるわけではないのですが、そういう屈辱感、劣等感、そして、日々さらされる否定的な思考に、精神は加速度的に疲弊、衰弱していきました。

 

ゴールドカードを持ち、BMWを乗り回す学生に、知識でも財力でも人間力でも負けてばかりでした…。

 

巧妙な罠に屈辱を強いられたことは数え切れません。

 

それに加え日増しに破綻していく実家…。

 

一発逆転を夢見た自分が愚かだったと思わずにはいられませんでした。

 

研究ネタも横取りされたり、不運・不幸は際限なく続きました…。

 

大学院で得たものは、人間不信と憎悪、絶望がほとんどでした。

 

要らぬ傲慢さも得てしまい、致命的だったと言えます。

 

 

勉強でも講義でも飲み会でも合コンでも恥をさらすだけの日々に自殺すら考えました…。

 

自分は何のために生きているのか…正直わかりませんでした。

 

悪性リンパ腫から生還しても、このような悲惨な人生に意味を見いだせませんでした。

 

それでも最後の足掻きで修士の学位は取得しましたが、それが高収入に繋がることは一切ありませんでした。

 

むしろ貧困層へまっしぐらでした。

 

ただ頭でっかちになり、資格や技術はなし、かといってフレッシュさもない男が社会で必要とされるなんてことはまずもってあり得ませんでした…。

 

修士の学位、莫大な学費をかけて取得したものは紙屑でした…。

 

公務員試験に合格した人や途中で見切りをつけて就職した人、あるいは研究内容を会社法等就活に有利なものであれば活路がありました。

 

 

『くそったれ大学院のゴミ溜めが!』

 

『社会不適合者製造工場め!』

 

それが私の捨て台詞でした…。

 

 

そんなことを言っても何の解決策にならないのに…。

 

自分の生き方を変えなければなりませんでした。

 

 

 

健康状態も劣悪でしたので、低速で活動しなければなりませんでした。

 

それでも前に進みました、自分を奮い立たせて…。

 

自分の経験・知識を見つめなおし、僅かにでも活かせるものがあればと悪あがきしました…。

 

 

醜悪な人間関係の清算と自分との決別が人生のひとまずの目標となりました。