■◆ビル・ブラックス・コンボの謎 | 吉岡正晴のソウル・サーチン

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■◆ビル・ブラックス・コンボの謎

【Bill Black’s Combo’s Mystery】

謎。

毎週火曜日「ソウル・サーチン・レイディオ」の生放送が終わると、家に戻りその同録を聞く。同録を聞いているとオンエア中には気付かなかったいろいろなことに気付いたりする。1月7日の放送でもそんなことがあった。

9時台で最初にかけたのが、今年が午年(うまどし)なので、馬にちなんだ曲をかけようとその名も「ザ・ホース」という曲を選んだ。これは1968年のクリフ・ノーブルズのヒットで、クリフ・ノーブルズのものはしばらく前にかけていたので、そのカヴァーを探したらメンフィスのビル・ブラックス・コンボのものがあった。

そこでビル・ブラックスのものをかけたのだが、これを紹介したときに、1968年クリフ・ノーブルズのカヴァー。ビル・ブラックは1926年生まれで1965年に39歳という若さで亡くなったバンドのリーダー、みたいなことを話した。

で、このときは話しててまったく気付かなかったのだが、同録を聞いてて、1965年に死んだら、1968年の曲は録音できないじゃないか、と気づいたのだ。ひょっとしたら「ザ・ホース」が1965年より前にレコーディングされているのかとも思ったが、オリジナルは確かに1968年。あわてていろいろ調べるとビル・ブラックス・コンボのアルバムも1968年7月に出て、録音もその前あたりだった。

そして、ライナーによれば、ビル・ブラックが亡くなったあとマネージャーが取り仕切ってバンドとしてのレコーディングは続けていたという。けっこう亡くなってもアルバムを出していたのは、この名前で出せばそこそこレコードが売れたからなのだろう。当時はアルバムで誰が何をプレイしているかなどのクレジットもなかったので、まったく詳細は不明だった。

つまり、「デューク・エリントン・オーケストラ」が主(あるじ)のデューク・エリントン亡きあとも、「デューク・エリントン・オーケストラ」と名乗るのと同じようなものだ。ま、「たかじんのそこまで言って委員会」がやしきたかじんなしで続いているのと似ている。

ブランドの力だ。あと、ビル・ブラックのことで一番大事なことを言い忘れた。このビル・ブラックは、あのエルヴィス・プレスリーの初期のバンドにいた人物だったということだ。

「ソウル・サーチン・レイディオ」は録音されて聞いている方も多いと聞く。録音して何度も聞いていただけると、これまた嬉しい。僕も同録を聞くのが実に楽しみ。何しろ選曲が超自分好みなのだ。って、自分で選曲してるわけですから。(笑) しかし、この番組、日々勉強です。

■ビル・ブラックス・コンボ 「ターン・オン・ユア・ラヴ・ライト」
(ザ・ホース、収録)(1968年7月全米発売)

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