☆『ディス・イズ・イット』~夢と冒険に溢れる2時間
【This Is It, This Is It, This Is It】
冒険。
夢にあふれるシンガーがいる。夢にかけるミュージシャンがいる。そして、夢を追い続けるダンサーがいる。彼の元に集まるアーティストたちは、みな、大きな夢を持ってオーディションにやってくる。オーストラリアから、オランダから、ヨーロッパから、全米から。冒頭、ダンサーのオーディション・シーンが出てくる。彼らは、マイケル・ジャクソンというアーティストとステージを共にしたいという強烈な夢を胸に秘め、世界から集まってきた。何百人の中から選ばれた十数名の精鋭たち。彼らの目の輝きの素晴らしきこと。
2009年4月から6月にかけて行われた、マイケル・ジャクソンの『ディス・イズ・イット』コンサートのリハーサル模様を編集した音楽映画『ディス・イズ・イット』(監督・ケニー・オルテガ)が2009年10月28日から公開された。ドキュメンタリーではあるが、僕は彼のステージを見ているかのような錯覚に何度も陥った。マイケルのライヴが、スクリーンで繰り広げられている。たまたま実際のステージ(3次元)ではなく、平面(2次元)のステージだが、マイケルのオーラとソウルは、観客に否が応でも飛び出してくる。
第一の感想は、何でこれだけ元気にステージ狭しと動いているこのスーパースターが、6月25日に亡くならなければならないのかという大きな疑問だ。なぜ、一体何が起こったのか。
もうほとんど完成しているではないか。もちろん、リハーサルだから「声をセーヴする」マイケルもいるが、プロダクションは8割方出来上がっていると言える。前半部分は何度もリハを重ね、その記録映像も多くのテイクが残っている。だが、最後の「ビリー・ジーン」や「マン・イン・ザ・ミラー」はほとんど1テイクのみが披露される。おそらくまだ何度も何度もやっていなかったのだろう。「ビリー・ジーン」に限って言えば、まだ6割ぐらいの完成度だが、それでもおもしろい。
曲によって完成度がそれほどでなかったとしても、マイケルはじつにかっこいい。マイケルの踊りの切れもいいし、ダンサーたちも素晴らしい。ミュージシャンも、シンガーも。
マイケルの天才性を垣間見せるシーンが「スムース・クリミナル」であった。マイケルが客席側に向いていて、その後ろのスクリーンにモノクロの映像が流れている。それが終わったところで、歌に入るのだが、そのキュー(きっかけ)が後ろのスクリーンを見ていないとわからないのではないか、とオルテガがマイケルに言う。するとマイケルは、しばし考えて「感じるよ(I'll feel that)」と言い切った。天才だ。
今回、ライヴに付随して使われる映像がすごい。一番感動したのは、「アース・ソング」の密林と少女の映像。また、「ゼイ・ドント・ケア・アバウト・アス」から「ヒストリー」で使われる11人のダンサーで撮影したものを無限大にコピーした映像。そして、曲ごとの大仕掛けがすごい。映像、仕掛け、ダンス、歌…。すべてがひとつになった瞬間、このライヴ・コンサートは、日常からかけ離れた大冒険になる。これは、マイケルがステージ上で作り上げる2時間のアミューズメント・パークだ。マイケルも全力で夢をファンに与えているのだ。
完成度の高いライヴ・ステージであれば、それは何度でも見たくなる。「いい物は何度見てもいい」ということだ。この映画を見る者は、この本番8掛けのリハから一体どんな完成形が生まれるのか、イマジネーションを広げる。リハでここまでできていたら、本番ではどうなったのだろうか。そら恐ろしい。
マイケルはこのライヴに、「ヒール・ザ・ワールド(世界を癒そう、直そう、治癒しよう)」というメッセージを込めた。地球の温暖化で、地球が傷ついている。早く治療しなければ、だめになってしまう。誰かがやってくれる、ではなく、今、自分たちで始めようというメッセージだ。彼は4年以内にやらなければならないという。なぜ、4年と区切ったのだろうか。
一度4時からの試写を見て、9時から六本木ヒルズの東宝シネマでもう一度見た。ヒルズのスクリーンは満員。何曲か、曲が終わるところで、観客から拍手。映画が終わったところでも拍手が巻き起こった。
この映画は、後にも先にも、おそらく音楽史上唯一のリハーサルだけで一本の映画として完成した作品となる。本番を見せず、リハーサルだけの映像で、これだけの感動を与えられるなんて、宇宙に彼しかいない。
ビルボード誌によれば、アメリカでは好評であれば、2週間限定が延長される可能性がある、という。ぜひそうしてもらいたい。この作品は、人々を何度も映画館に引き寄せる強烈な「カルト・ムーヴィー」になる。
(映画『ディス・イズ・イット』~2009年10月28日から全世界で公開)
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圧倒的な事実の積み重ねの向こうにしか、「本当のマイケル」は見えてこない。
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